Sponsored Link

ストーカー・ファン

 「ストーカー」といえば、男性が女性を付け回すことと認知されていますが、その逆もあり、同性同士も起こりえます。異性間であろうと、同性同士であろうと、その心理や背景には、共通するものがあります。
 たまたま参加した趣味の会やサークルで居合わせた人たち。その中で、ある人がとある人を見染めます。お近づきになりたくて、最初は、年賀状や暑中見舞い、そこから始まって、たびたび絵葉書などを書き綴るようになります。
 書かれてあるのは、自分の個人的な事柄ばかり。受け取る側には、何の関心もないことです。相手が異性なら、警戒もしますが、同性なら相手の意図が解らなくて、首をかしげることでしょう。そして、返信するまでもないと放置し、忘れてしまうのです。

Sponsored Link

とりあえず様子を見るのは、懸命な対処といえます。メールや絵葉書が届かなくなれば、相手は諦めて関心を他へ移したのでしょう。ですが、たとえ一方的にでもコンタクトを取り続けることによって、相手と関係性を紡いでいると考えている可能性もあります。寛いでいる夕食時や夜更けに、頻繁に電話がかかってくるようになれば、選ばれてしまっていると考えていいでしょう。おそらく、公の場での立ち居振る舞いや物言いが、相手のめがねにかなってしまい、「この人なら解ってくれる!」と見込まれてしまったのです。
 「ストーカー」とまではいかい場合も、非常に自己中心的です。相手の団欒の時間や就寝時間を減らしても、自分は相手と友人づきあいをしたいと思っているのだから、相手もそう想っているはずだと、相手が迷惑がっているとは考えられないでいます。
 一人の人を追いかけまわす人は、同様にめがねにかなった他の何人かも追いかけます。常に、その対象を探してもいます。恋愛関係破たん後のストーカーのように、どうしてもその人でなければならないということがありません。追いかける対象は複数、流動的です。
 夕食後のひと時に、よく知らない相手に、頼みごとや身の上相談の長電話をしなければならないほど、孤独なのです。たとえ本人は、グループの連帯感を深める活動をしていると語ったとしても。異性とも同性とも健全な関係を築くことができず、今日に至っているというのが、ストーカーファンの真の姿です。
 被害を受けないためには、フォーマルな立ち位置を維持することでしょう。なるべく親切に接しようとして、限界に達し、態度を翻した時が一番危険です。相手は、自分が抱いていた幻想と現実のギャップを目の当たりにし、一転して憎しみの感情を炸裂させることなります。その相手に対して、過去の、家族や、自分の運命に対して抱いている激しい怒りを解き放ってしまうのです。相手に好意を抱いていたがゆえに、よく知っている相手の個性の弱点を激しく攻撃して、相手に心理的痛手を加えます。自分が価値を置いていたものの価値を引き下げて、踏みつけて、見捨てられる不安を防衛するのです。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する