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怖れと迎合

 子供のころ、周囲に受け入れられず、人格や存在を否定することばばかりを受けていたり、そのために孤立したり、いじめを受けていたりという成育歴を持っていると、おのずと、孤立を回避するために周囲に迎合するという処世術が身に付いてきます。同調して仲間として迎えられる、そうした成功体験によって、その生き方はさらに強化されていきます。
  根源に、人に拒絶されることへの恐れがあります。まだ社会性の乏しい、純粋だった子供時代に、基本的な自分の気質を受け入れることができなかったのです。
 いじめられるのは、あなたが大人しくしてるからいけない、親は叱咤激励の意味で、変えて変えられぬ子供の基本的な気質を否定しがちです。ですが、子供は素直に受け取ります。毎日言われ続けていると、自分の性格はダメなのだと、確信してしまいます。そうなると、ますます周囲がこんな自分を受け入れてくれるとは、思えなくなります。
 とはいえ、学校からは逃げ出せず、戦うすべも知りません。残された道は、迎合です。自分から微笑みかけ、相手が好みそうな話題を探し、相手の表情を読んで、先回りして対立を避け、そうやって居場所づくりに成功するのです。
 決して他人を怒らせるようなことはせず、相手が怒らせるような態度に出ても、自分の怒りは抑えます。自己主張をせず、相手に合わせるのです。

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これは、初対面の相手へのアプローチとしては、そつがなくて優れています。そうして打ち解けた人たちの中から、その後も長く本音で自然に付き合える友人も現れることでしょう。
 ただ、迎合をメインの処世術していると、困ったことにも遭遇します。「自分がない人」「何でも言うことを聞いてくれる人」「何を言っても怒らない人、怒れない弱い人」と見込みを付けて、利用したり、八つ当たりのサンドバックとして扱おうとするような人に出会ったとき、対処に戸惑うのです。相手に合わせれば、自分さえ控えれば、たいていうまくいく。そのはずだった。なのに、うまくいかない。何がいけないのか?これほど、相手に配慮してきたのに!!
 人と友好関係を築くための戦略が、裏目に出ることもあるのだということを、あなたはやっと気づきます。要領の良い相手には、何してもだいじょうぶな都合の良い人と認識されがちで、頻繁に「愚痴聞いて」と寄ってきたかと思うと、「お金貸して」とまで言われる始末。断っても暫く経つと、またやってくる厚かましさに唖然となることでしょう。
 相談事や頼みごとをされると、役に立っている、信頼されている感じる場合も多いでしょう。ですが、他の人に頼むと嫌な顔をされるので、安全な拒まれない人を選んでいる場合もあります。あれこれ引き受けてあげたのだから、相手の中にさぞや感謝が蓄積されているかと思いきや、やってくれて当然、たまに断ると逆ギレ、悪態をつかれたり、約束を破られたり....。
根底にあるのは、疎外や孤立への怖れです。その原因は、自分の性格と処世術の悪さにあると、ずっと思ってきたのです。ですから、人間関係で失敗はできない、自分が嫌いな人からも好かれたいと、無意識に脅迫的に考えているところがあります。
 自分の中の傷ついた子供を、癒していくところから始めたいものです。

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カテゴリ: 恋愛依存

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