Sponsored Link

自己愛イリュージョン

 自己愛性人格は、イリュージョンを好みます。
イリュージョンと言うのは、都合のいい思い込み、解釈です。
たとえば、パートナーの心が自分以外の対象に注がれていたかもしれないなどと言う事実は、受け入れたくありません。「わたしは拒んでいるのだが、彼女が押しのけても押しのけても寄ってくるのだ。」という夫の言い分を信じれば、自尊心は傷つかなくてすみます。
 しかし、相手が人間である以上、どう解釈しようと動かしがたい現実を突きつけられるものです。イリュージョンは現実によって裏切られます。
 その点、決して現実を伴わない信頼は裏切られることがありません。
「神はわたしを愛してくれている。わたしが何をしても、許されている。」という確信は、裏切られることがありません。
誇大自己と現実とのギャップから来る渇望を癒しててくれます。
 こうした妄想は、脳機能障害に見られる純粋な妄想とは違って、見えづらいですが、頑固なものです主義、主張、宗教などに熱狂しやすいタイプといえます。

Sponsored Link

それまでの鬱屈した、渇望的な姿勢から、その概念を受け入れたとたんに、突如自分が、選ばれた神の子に変わるのです。まだ、受け入れていない盲目的な魂よりも、高貴な存在に見えてきます。
 渇望型の自己愛性パーソナリティは、自己愛の渇望を感じているので、非常に要求の多い人と言う印象を受けます。かわいがられたい、目立ちたいのに、実際にはそれだけの力が無く、また努力もせず、誰かが人気者になると、妬み、陰口を言ったり、批判したり、あからさまに敵意を向けたりします。
 その一方で、自分が優越感を感じる存在、自分より劣っていると認める存在には、かいがいしく世話をしたりします。
 当然のことながら、世話をした相手から、好意のお返しがありません。するとまた、文句を言います。彼女が口を開けば、手厳しい他者批判、取るに足らないことでの自己賛美ばかりです。聞くものを辟易とさせます。
 神概念で武装することによって、誇大自己を守ることで、現実の脅威から救われているといえるのでしょう。現実を現実として、ありのままに受け入れられない限り、イリュージョンへの熱狂は続きます。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する