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DV加害者と癒し

 自分の思い通りに物事が運ばないと、誰しも多少落ち込むことでしょう。だからといって、多くの人は、周りに対して八つ当たりするわけではありません。
 同僚や部下に対して、相手に落ち度がないにもかかわらず、気分次第できつく当たるのは、その相手に対して甘えがあるからといえます。相手の立ち位置や性格からして、黙って甘んじてくれると判断しているからに他なりません。
 適当な対象がいない場合、職場のある建物内で、たまにすれ違うだけの相手にまで、どこかで入手した電話番号を元に、手当たり次第に電話を掛ける電話魔のような人もいます。普段、雑談すらすることのない相手に鬱憤を吐き出して、励まそうとする相手を、さらに非難攻撃するという、相手には容易に理解しがたい態度に出てしまうのです。
 発達障害のある人には、こうした自他の境界の不適切な人も多いものです。そのような極端な場合ならずとも、親しい人には甘えが出るので、外では抑えていたイライラを、何かのきっかけで、その親しい人にぶつけてしまう人も多いことでしょう。
守らなければならないその人を、図らずも、一瞬粗末に扱ってしまうのです。これではいけないと反省しても、またストレスがかかると、同様の態度に出てしまいがちです。

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DV加害者は、一般に、外では「温厚ないい人」で知られていることが多いものです。羽目を外さないまじめな人であることも多いでしょう。
 これは、受け入れられたい、評価されたい、愛されたいという、求める姿勢です。人一倍働いていても、実は、与えていません。何かを得たいがために、無理をして与えている。これでは疲れます。
 へとへとになるまで働いても、望み通りのものが手に入らないと、密かに鬱憤が募ります。攻撃性となって、関係のない安全な相手に吐き出されないと、抑うつ感が強くなって、精神が疲弊していきます。
 プライドが高く、自らの非を認めず、責任転嫁して、激高しやすい人の背後には、臆病さが潜んでいます。無関係な相手を攻撃してトラブルメーカーとなる人も、傷つくことを回避して、対人関係から引きこもろうとする人も、共に愛を求める人、与えることをまだ知らない人です。
家庭内で君臨していた人ほど、パートナーを失うと、生きる気力を喪失します。依存対象を失う痛手は大きいのです。失って初めて、自分の言動が相手を損なうものだったことに気付きます。
 愛されたい、受け入れられたい、認められたい、成長期の願望を人は思いのほか長く引きずるものです。それに気づき、相手にどう思われているかよりも、何をしてあげられるかを考えられるようになると、ストレスが減ってくることが多いものです。
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