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許すということ

 あの人だけは許せない。たとえ死んでも、永遠に許せない。誰しも、そんなふうに誰かを恨むしかない状況に追い込まれることがあります。恨みとは、誰かにひどい仕打ちをされながら、不快な思いをただじっと辛抱し続けた結果、出口のない怒りが蓄積した感情です。
 「せめて一発殴りたかった」「せめて一言言い返したかった」憤懣やるかたない思いが、今も胸中に燻っていることでしょう。
 そうできなかったのは、何か圧倒的な力関係の差があったことと思われます。ただ、何をされても耐えるしかなかった。うずくまっている背中をさらに殴られた、斬りつけられた、その悔しさ払拭できない。大切な何かを奪われてしまった、行く手を阻まれてしまった、その人のおかげで幸せから遠ざけられた。
事情はいろいろあるでしょうが、恨みを持っているとき、圧倒的な強者からねじ伏せられ、有無を言わさず犠牲者になってしまったという思いがあります。たいせつな何かを奪われた悲しみ、悔しさ、惨めさが混沌として鬱積しています。

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相手は強敵です。たとえ人類が滅亡しても、ゴキブリとともに、永遠に生き続けるに相違ありません。
 わたしたちは、太刀打ちできなかった相手に、絶大な力を与えてしまいます。「殺しても死なないような奴だ」と、時代劇のセリフさながらに。もしかして、その人の真の姿は、相手を傷つけても傷つけても、どれほどひどいことをしているかすら気付けないほど、不安の中を迷走していたのかもしれません。そっちこそ、私の幸せを横取りしようとしている、絶対に渡すものかと、いきり立っているのかもしれません。幸せな状態の人なら、決して手にすることのない刃で武装しているのですから。
 恨みを持っているとき、私たちは、幸せを失ったままの状態に、うずくまっていることに気付きます。そもそも失ったものを過大評価し過ぎているのです。奪われてしまったがゆえに、手に入らなかったがゆえに、それが唯一の幸福の源であるかのように認識されているのかもしれません。
 相手が我欲を正当化するために、投げつけてきた非道な言葉を正面から受け取るのは止めましょう。あなたに恨まれることも厭わず、自らの欲や保身にとらわれて、相手を潰そうとした、小さな人なのです。
 もしかして、相手を許すということは、相手に与えすぎてしまった力を、自らに取り戻す過程なのかもしれません。そして、相手が何を奪っていったとしても、それを教訓としてより成熟し、かわらず幸福でいられることに気付く道のりなのでしょう。
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カテゴリ: 認知と癒し

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