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NOが言えない人たち

 概ね周りの人たちと仲良くできているようでいて、不愉快な特定の出来事を我慢している人がいます。その人は、頼まれごとを断ることが苦手だったり、 自分の意見を表現することを躊躇いがちだったりすることでしょう。こうした人は人一倍働いているのに、評価が低く、屈辱感を感じていることが多いものです。
 寡黙な人は従順な人と見られやすく、周囲の人にとって、使いっ走りを頼みやすい人です。本人も、頼まれた用事を自動的に受けてしまいます。内心は不快に思い、時には怒りを覚えながらも。
 どういう理由でそうしているのかと問われても、確たる理由など見当たりません。ただ、そうしたスタイルが習い性になっている、ということでしょうか。潜在意識の中には、他者との対立や、周囲からのマイナス評価を怖れていることが考えられます。
 他者から受け入れられることで、自分自身に対してOKを出しているようなところもあることでしょう。ですから、他者からの誤解や批判に傷つきやすいのです。傷つけられたくないがゆえに、従順や同調、迎合と言った手段で友好的に接していると言えます。
 そこまで犠牲を払っているにもかかわらず、なぜか雑用係として利用されたり、感謝もされず頼りないなどと評価されては怒りがこみあげてくることでしょう。時に、他者のイライラの捨て場所的に、八つ当たりされることもあるかもしれません。「なぜ?なぜ、わたしなの?あんなに力になってあげたのに!!」と、理由が全く解りません。

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人間関係はWin Win 双方メリットがなければ続きません。付き合うことによって双方が楽しいことが大事なのです。
一方的に利用されるばかりだったり、犠牲になり続けていると、その関係性に腹を立て始めます。そして、最も安全で確実な方法、相手と距離を置くようになります。その前に、言うべきことはやはり言っておこうと勇気を奮い起こし、これまでのことを包み隠さずに話し、驚いた相手から逆襲され、深手を負うこともあるかもしれません。

 不快に感じたことは溜めこまず、その都度口に出す方がいいとアドバイスを受けることもあることでしょう。それは正しいアドバイスかもしれませんが、それができない人には、さほど役には立ちません。できない自分を不甲斐なく感じるばかりです。
 その場その場で自分の言い分を言えない人は、そもそも、自分が他者に対して影響力を持っているとは考えていない傾向があります。たとえ自分の意見を言っても、相手は聞き入れてくれないに決まっている、という思い込を持っているのです。
 子供のころ、いくらお願いしても何一つ決して聞いてくれなかった頑固な親に育てられたのかもしれません。人生のどこかで、自分の主張は受け入れられないから、主張すること自体、無駄だという観念を受け入れてしまっているのでしょう。
 とはいえ、NOを躊躇う優しい人たちの周りには、搾取的な人たちばかりが集まってくるわけではありません。そうした人たちは傍に居る人を癒す雰囲気を備えていますので、同じように柔和な人と調和し、良い友好関係を築くことが多いものです。良い友人は、そもそもNOを言わなければならないような無理な要求はしません。たとえ、こちらがYESと言ったとしても、その声の響きからNOのサインを感じ取り、さっと頼みごとを引込める、他者の真意に敏感な感受性と配慮を持っています。
 NOを言わないからと強引な押し付けをする人は、そもそも断ったところで、その反応を気にすることもない程度の相手ではないでしょうか。
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テーマ: メンタルヘルス | ジャンル: 心と身体

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