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 境界線逸脱

 年に数回、職場での合同会議の席で顔を合わせる相手、その顔と名前と存在を知っている程度の相手から、突然電話が掛かってきます。何か不自然さを感じながらも受け応えしていると、頻繁に電話をかけてくるようになります。依頼事や、第三者の悪口といった内容で、何とかなだめて落ち着かせようとするうちに2~3時間の長電話になってしまうことも多く、しかも早朝や夜更けにかかってくるので、しだいに迷惑感が募っていきます。すると、相手はいきなりいら立ちを爆発させ、閉口するほどの激しい攻撃を浴びせかけてきます。
 「もう限界」を声にすると、ぴたっと電話は止まり、ほっと胸をなで下ろしていたころ、もう相手の存在など忘れたころに、絶縁状なるものがポストに舞い込みます。小さな字で、ぎっしりと誹謗中傷を書き綴り、しかもアンダーラインまで引いてあります。それを書いている間、自分のしていることに対して冷めてこなかったその情熱と執着の激しさに唖然とするばかりです。ここまで相手を中傷しなければならないその執着が恐ろしくなります。

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 昼夜を問わず頻繁に電話が掛かってくる、何処で住所を調べたのか、チャイムが鳴る。断ることに後ろめたさを感じていると、収拾のつかなくなる可能性があります。その人は、境界線を把握できないのです。相手の領域に土足で侵入していることに気付きません。
夜昼なく頻繁なメールや電話がくる。第三者の悪口やグチばかりが延々続く。高慢な口調が目立つ。自分の信条とする宗教観などを押し付けようとする。こうした態度にいら立ちを感じたら、限界のサインです。電話やチャイムが鳴るたびに、恐怖を感じるようになりかねません。

 気分が揺れているとき、波立っているとき、わたしたちは無性に誰かの声が聞きたくなることがあります。無意識のうちに、そうすることで感情の安定を図ろうとしているのかもしれません。
 ですが、相手はすでに就寝しているかもしれません。出かける間際の忙しい時がもしれません。仕事中かもしれません。常識や相手の生活スタイルを考慮して、迷惑にならない配慮が必要です。ところが、恋に落ちた時、自分が傷ついているときなど、相手の声に触れたい一心が、その配慮よりも先んじてしまうことがあります。そして、相手の迷惑そうな応答に傷つくのです。
 なんだか受け入れられていないと感じると、その相手に対して、イラッと怒りがこみ上げてくるかもしれません。同時に、瞬時に爆発して、暴言の連打で相手を誹謗中傷せずにはいられなくなる人もいるでしょう。あなたなんかに、わたしの辛い人生が解るもんか!という心境でしょうか。
 ですが、相手の人生もそれほど楽ではありません。誰しもそれぞれに人生の課題を背負っているのです。微笑んでいるからといて、その人が何不自由ない幸福な人生を歩いているとは限らないのです。
 気持ちが高ぶっているときは、むやみに人と連絡をとらず、イライラを解消する方法を見つけましょう。 人とのふれあいに心癒されることもありますが、八つ当たりないら立ちや怒りをぶつけて、それを相手に癒してもらおうとすると、あちこちで人間関係を壊してしまいます。
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カテゴリ: 脳と精神

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