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対象喪失と鬱病

 人の命が永遠でない以上、人生のある時期に愛情や依存の対象を喪失するという経験は、誰しも免れえません。グリーフワーク、悲哀の仕事には1年から3年程度かかると言われています。これは、他の家族の有無、経済状態、本人の健康状態によって大きく異なってきます。
 三世帯同居など大家族の中で暮らしていると、配偶者との死別からの立ち直りも早まることでしょう。ところが、最近ではパートナーとの死別=独り暮らしとなる人たちの割合が増えています。
 自ら独身生活を選択している人の独り暮らしに比べ、ある時期に突然パートナーを喪失した人は、混乱し、人生の意味までも喪失する可能性が高くなります。自分を支えてくれる人の欠如がうつ病につながりやすいです。たとえ離れて暮らしていても、誰かと繋がっているという意識が、人には必要なのです。
 日常の些細な出来事も、それを話す相手が誰もいないと、重たいストレスとなってのしかかってきます。全ての出来事に独りで対応していかなければならないとなると、いやがうえにも不安は募ります。誰とも繋がりの無い状態は、大いなる危機なのです。それほどに、わたしたちは他者との触れ合いの中で、精神の均衡を保っているのです。一人暮らしは、孤独感を募らせ、社会的交流が欠けているといった感覚を、いやがうえにも自覚させます。

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対象喪失と同時に一人ぼっちになってしまった人は、すぐにでも新しい対人関係構築の作業に取り掛からねばならないのです。これは、暗い海に一人船出するようなものです。楽な仕事ではありません。
 出逢う人たちはみな、家族にも仕事にも恵まれた幸福な人であることが多いことでしょう。そうした人たちには、独り暮らしの孤独や不安は、実感として理解しずらいものです。そうした人たちと接するときには、起きてしまった悲惨な出来事への嘆きや、寄る辺の無い未来への恐れを口にして、疎まれることを怖れ、笑顔を繕ったままになるかもしれません。
 人といても、感情を出せないのは辛いことです。癒されぬ不安と孤独を抱きしめたまま、それでもやはり独りでいるよりは、何らかの活動を通して人と接することを選ぶようになるでしょう。周囲に誰も人のいない生活よりは。
 人生は生きるに値すると、もう一度思えるようになるまでには、まだまだ時間がかかるかもしれません。生まれる前に、こんな人生が待ち受けていると知っていたら、生まれてこなかったかもしれません。
 それでも、泣いたり怒ったりするのは独りの時だけにして、人と会った時には微笑んでいましょう。怒りや涙は人を遠ざけてしまいます。微笑んでいましょう。そうすれば、いつかきっと新しい対人関係を構築できるでしょう。道のりは長くとも。
 かつて共に歩いた人との良い関係も、そう短期間に出来上がったものでは無いはずです。
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