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いら立ちと虐め

 虐められやすい人は、ことばによる攻撃に対して、即座に言葉で反撃できません。唖然としているうちに、言われっぱなしになって、後で憤懣やるかたない心境になります。
 誰に対してもそうなるわけではなく、関わりの薄い相手に対して、こういう傾向が顕著です。つまり、まだ本音を言えない様子眺めの相手から、攻撃を受けるという構図になります。
 即座に反撃ができないのは、その結果がどう出るか、予想がつかないからです。気心の知れない相手だからこそ、慎重になります。親しい相手ならば、気軽に感情を出して、そこで諍いが生じたとしても仲直りも容易です。
 そこで、気心の知れない相手に対しては、まずこちらから丸腰になること、善意や好意を言葉や態度で示すことによって、矛先を収めてもらおうとします。こちらから仲良くしようという意思を示せば、相手も好感を抱いてくれるだろうと。友好関係に発展させることで、自分を守ろうとするのです。
 ところが、思惑は外れます。ますます不当な激怒をぶつけられるようになり、何故??と訳が解りません。漠然と、こういう場合は反撃しなければいけないのだと気付いていても、スキルの不足からうまくいきません。すると、自分の個性への劣等意識が生じ、自尊心が低下していきます。

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まず、相手を理解することから始めるといいかもしれません。相手は、仕事や他の人間関係がうまくいかないストレスを抱えて、いら立っています。「関わりの薄い相手」の中から、吐き出しても安全そうな相手をめがけて、つい感情が破裂してしまうのです。自分の境遇への不幸意識、被害感が強く、怒りの矛先を向ける相手に羨望や嫉妬の意識がある場合もあるでしょう。
 人はこういう心理状態にあるとき、思いやりや優しさを周囲に与えられません。友好関係に発展させるメリットは乏しい人と言えるでしょう。闘争か逃走かの決断を迫られているシーンと言えます。闘争できないなら逃走しかありません。留まれるのは、相手のいら立ちに惑わされず、その背後にある失意や不毛感に救いの手を差し伸べられる余裕のある人だけです。
 傷ついている様子を見せると、ますます面白がって虐められるのではないかと平気な振りをしていると、周囲からはさほど気にしていないと思われて、サポートの手が差し伸べられないこともあります。問題の相手に気に入られることによって虐めをなくそうとするよりは、孤立しないことの方が大切です。
 噛みつかれたら牙をむけと言ったアドバイスを受けるかもしれません。これは、羊に狼に立ち向かえと言うようなものかもしれません。人の気質や性格は変えようとして変えがたいものです。それよりも自分の個性を生かす方が有意義です。関わりの薄い相手からの筋違いな攻撃に、言葉を選んで慎重に対処するのは、むしろ賢明と言えるかもしれません。そうした相手にさらに噛みついてストレスを晴らそうとするのは、相手の問題です。ターゲットに選ばれる自分の性格を責めて、自分の問題としないことです。
 報復したい、相手の不幸を観たいという願望を抱くかもしれませんが、相手はすでに不幸なのです。関わりの無い人を攻撃することで、憂さ晴らしをするその時点で。
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カテゴリ: 認知と癒し

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