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怒りの表出

 誰にでも、キレてしまう瞬間はあります。不当な扱いを受けた、必死に守ってきたものを傷つけられた、そんな時に、いきなり怒りが沸点に達してしまうことがあります。
 その時、自分が何を大切に守ってきたか、そのために日常どんな犠牲を払ったり、忍耐を自らに強いていたかが解ります。良い評価を得るために、一つひとつの仕事を丁重に迅速に誠意をもってこなしていた。ところが、心無い人が、ほんの気晴らしに、悪い評判を吹聴してきた。その人にとっては小さな悪戯にすぎず、大きな敵意はなかったのかもしれません。ですが、妨害されたことには変わりはありません。
 憤りは、自分が守ろうとしてきたもの、そのために支払ってきた動力や時間を、改めて自覚させてくれます。その努力を踏みにじられたショックが、怒りの背景にあります。

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些細なことだ、気にしないようにしようと目を背けると、いつまでも怒りは収まりません。抗議は、早い方が効力があります。相手は、素知らぬ顔をして取り合わないかもしれません。それでも、不当だと思うことには目をつぶらない、そうした決意を込めて、自らの正当性を主張することは大事でしょう。自分だけで抱えず、上層部への報告も、類似のもめごとの抑止力として働くかもしれません。
 このままにしておくとまずいと判断すると、相手側が謝罪してくる可能性もあります。放置しておくと何の解決にもなりませんが、対峙することで何らかの進展がみられるかもしれません。謝罪されると、それが心からのものでないにしても、怒りは沈下の方向に向かいます。
 怒りを感じながらも、その表出を躊躇う人も多いことでしょう。そのような人は、周囲には気にしていないかのように見られがちです。平気そうだからと、さらに同様の態度を取られかねません。すると、ストレスがどんどん内側に蓄積していくこととなります。
 怒りを表現したら、ますます相手や周囲との関係性が悪くなるのではないか?怒れない人は、怒ることによるリスクを、そうでない人よりも過大に評価しています。そして、表出されない怒りや恨みを、胸中にたっぷりため込んでいきます。ですから、自分自身が誰かにとって、いつまでも恨まれる対象になりたくないのかもしれません。
 一方、怒りっぽい人は、対象になった相手や周囲から表向きの謝罪を受けたり、フォローされると、比較的容易に感情が静まります。吐き出してすっきり、それゆえ、すぐに吐き出す癖が付いていると言えそうです。
 怒ることのできない人の核心にあるのは、周囲からの批判への怖れでしょうか。自分に落ち度のない場合は、静かに、はっきりと抵抗を示す、「怒りを表明する」練習も有効かもしれません。些細な出来事から始めたり、絶縁状態という最悪の展開になったとしてもリスクの少ない相手から始めるといいかもしれません。
 表出されない怒りは、時間と共に消えるわけではありません。思いも掛けないところで、受容してくれる家族や恋人といったたいせつな人に向けて噴出してしまうことが多々あります。それは自分だけではなく、相手の人生の質も低下させかねません。
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カテゴリ: 認知と癒し

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