Sponsored Link

崩れやすい自尊心

 「ここは、こうした方がいいよ。」と親切心からアイデアを出しただけなのに、相手にキレられてしまった。「人それぞれ、やり方がある。」と言って、洗練されない我流を通そうとする人に、「ま、いいけど。関係ないし。」と、引っ込めながら、プライドを傷つけてしまったかなと感じるようなシーンは、オフィスなどでは誰しもお馴染みかもしれません。
 ありがたく受け取った方が当然有利なのに、曲げられないプライドとは何でしょうか。自らの優位性が否定される不安に捕らわれているのでしょうか。

 人を、社会的立ち位置や経済条件などで上下や優劣にとらえる人、自慢が多く他者の資質を認めたがらない人には、コンプレックスが潜んでいることが多いものです。自分のアイデアよりも優れた方法があると知った時、進んで学び取り入れようとせず、背を向けてしまうと、自身を守ろうとするその方法によって、内心重いコンプレックスを纏うこととなりかねません。

Sponsored Link

他者の意見にどう反応するかに、自尊心の安定性が表れます。崩れやすい自尊心は、容易に脅威を感じやすく、否定的な評価には強く反発します。一方、肯定的な評価には、見え透いたお世辞にも過度に好意的になります。自尊心が他からの評価に、過剰に反応しやすいのです。

 こうした人が指導的立場になれば、自分の方が優れていることを証明しよう強迫的になることでしょう。仕事の質よりも、自分のやり方を通すことに意識が向かい、下に位置すると考える相手が、自分と異なるやり方で良い結果を出しても認めようとしません。自分のやり方の押し付けをします。人の評判で自尊心が左右され、承認欲求も過剰に強いのです。これでは、自信が不安定になるのは、無理のないことと言えます。
 私たちは、無意識のうちに、自分の方が相手よりも賢い、偉い、ルックスがいい、人が羨む職業、恋人などを持っている、などなど相手に勝っている点にフォーカスしています。そこに自己存在の意義を見出しているのかもしれません。優越するものを持たない人も、他の人よりも精神的に成熟している、悟っている、時には、神と通じているなどと誇ったりします。人とは、基本的に他に勝っていたいもののようです。
 どうしたら、この優劣ゲームを降りられるのでしょうか。わたしたちは、相手に勝っていることで受け入れられるわけではありません。むしろ煙たい存在になってしまいます。だからと言って、下に位置し続けるのも自尊心が充たされません。上下の関係は、孤独なのです。心を開いて、互いに相手から学びあう双方向の関係こそ、人を充たし成長させうるものではないでしょうか。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する