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他者不在の病

 妄想性人格障害は他者を悪意に誤解する病ですが、その本質は他者不在の病と言えます。他者に対する不信感や猜疑心が非常に強く、その根底には恐れがあります。他者を怖れるがゆえに、常に過敏に反応し、身構え、逃走と闘争の体勢を取っているのです。
 こうした特長は、コミュニケーション能力の欠乏に、端を発しています。他者と会話していても、相手の心情や心理を読み解けません。それだけに、共感性のある人よりも、気遣いが激しくなります。
 相手の目に、自分がどう映っているのか、解らないので非常に気になります。そこで卑屈なまでに相手に媚びてしまうこともあります。
 たとえば、人にプレゼントを贈ります。そして、「盗られた」という被害意識を抱きます。プレゼント自体が不本意な気遣いであるために、被害意識が生じてしまうのです。
 必然的に、人と接すると疲労感が激しく、家に戻り、独りになってほっとします。社会に出ても、コミュニケーション不全のために、一つの職場に長く勤めることができません。非常に傷つきやすく、傷心のために離職を繰り返したり、ときに引きこもります。
 とはいえ、全くの一人では生きられません。世話してくれる家族あってこその引きこもりです。生活能力がありませんから、家族には重荷になります。

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妄想性人格障害もまた、発達障害の上に生じてきた二次的症状と言えなくもありません。社会性の欠陥は、共感性の欠如です。他人の心情や苦悩に無関心です。自分の心とは違う相手の心の状態を知る能力も努力も足りません。そのために、人に心からの気遣いや慰めを与えられません。
 妄想性人格障害の人にとって、他者は何を考えているか解らないブラックボックスのようなものかもしれません。正体の知れないものは恐ろしいものです。逃げ隠れしていると、「多少のことには対応できる」という自らへの信頼も築けません。いっそう他者は不気味なものとなってしまいます。
 相手の言動に不信感や不安を抱いた場合、接近してその妥当性や信ぴょう性を確かめない限り、危険の程度を見極めることはできません。見極めると、後は覚悟して、損失を最小限に抑えるために自分にできる限りの対処をするのみなのです。そうした経験の積み重ねが自信を築いていきます。
 背を向け、怯えて目を閉じると、危機感はどんどん膨らんで、実際よりも大きなものになりがちです。「見ない。考える。」が妄想的な人の生き方の癖です。 
 妄想性人格障害は青年期に生じることが多いですが、人生を無事に乗り切った後の老齢期に軽い妄想を生じることもあます。脳の気質的低下に伴い、認知機能が損なわれてきたことを物語るものです。孤独がそれに拍車をかけてしまいます。
 他人は冷たくて、それが当然かもしれませんが、信頼できる少数の他者がいるかいないかは、人生の質に関わってきます。その少数の他者は、しがみ付いて貪るために必要なのではありません。自らの持てるものを与えて、喜びを共にするために必要なのです。妄想性人格障害の人はここを取り違えて、身近な人にも去られてしまいがちです。
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カテゴリ: 妄想性人格障害

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