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過去を越えて

 その痛々しい思い出、今も傷跡の残るその出来事は、何を教えてくれましたか?その人がまぶしく見えて、近づいてやけどを負った恋でしたか?これほどまでの裏切りを人がするのかと、愕然と膝をついたこともあったでしょうか?
 痛みに触れて、人は隠された危険に不慣れだった自分を発見します。人を見る目は、その苦い挫折が与えてくれるものなのです。その危険に触れる前に知っていられるといいけれど、実際には自らの経験を通してしか大切なことは学べません。
 過去にあなたを苦しめた人は、健全な精神状態ではなかったことでしょう。健全な精神の持ち主は、相手を賤しめて自らの自尊心の衣とするようなマネはしません。健全な精神の持ち主は、他者との交流に喜びを見出そうとします。他者の足りないところは助け、補い、また自らも助けを求めることに、不必要な劣等意識を抱きません。

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もしもその人が年下の友人だったら、きっと忠告したことでしょう。人をさげすみ、自らを誇るのは、孤立し孤独になる生き方だと。破滅へ向かう生き方をしていると。
 ただ、相手が親子ほど年の離れた上司だったために、その人の抱える深い挫折感に気付かなかった、理不尽な仕打ちをされていると怒りを感じるばかりで。
 後になって、その傷を振り返るとき、あの人は、挫折感の強さゆえに、部下とうまく付き合えない、病んだ人だったのかもしれないと気付くのでしょう。

 難破する恋は、愛情の足りなさを物語っています。お互いに、相手に幸せをもらいたくて、相手に期待し、自ら与える心が足りません。DV加害者になりがちな人の特徴を、一つ一つ数え上げるまでもなく、その人の心には愛がありません。人は、愛する人をたいせつにします。その人の為に、その人の喜ぶ何かをしようとします。その人を傷つけ、ましてや自らのその行為を正当化しようなどとはしません。その人は、ただ、あなたを愛していない、それだけなのです。
 もう二度とあんな思いをしたくないから、もう二度と恋をしない、人が信じられない、信じるのが怖い、そう叫んでひとしきり泣いたら、顔を上げましょう。この辛い経験を通して、多くのことを学んだのですから、二度と同じ間違いなど繰り返すはずがありません。あの頃より賢くなり、そして、痛みを知って優しくなったのです。
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カテゴリ: 認知と癒し

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