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DV加害者とトラウマ

 パートナーや子供など身近な存在、たいせつな相手への心理的暴力は、その人の情緒的未熟さのゆえに起こります。それ故に、本人には相手を傷つけていることへの自覚がありません。相手が自分よりも劣った存在に見え、あれこれ命令したり批判するのは当然と言う認識を持っています。
 では、自分という存在に揺るがぬ自信を持っているのかと言えば、そうではありません。自信は乏しく、自尊心も低いのです。それは、これまで人間関係をうまく築けなかった、そのために職場でも臨機応変に立ち回れなかった、なぜか一人だけ浮いてしまっていた、などの経験の積み重ねによって生じてきたものかもしれません。相手の立ち位置や心境を察するに疎く、また自分の立場や状況を言葉で伝え、理解してもらうことにも不器用です。その結果、なぜかいつも人間関係が長続きしないと言った経験を積み重ねることになり、自らへの信頼も失墜していきます。

 本人だけの責任ではなく、そうした不器用な子供だった頃の自分を理解し、支えてくれる人材に恵まれなかったのかもしれません。親から過干渉過保護と言った柔らかな暴力を受けていたり、親が人格の障害を抱えている場合や、暴力のある家庭に育った経緯があると、健やかな自信は育ちにくくなります。

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こうした人は、自分を絶対に見捨てないと思える相手をパートナーに選び、実生活の全てにおいて、依存するようになりがちです。相手を自分の手足のように使い、文句を言い、相手の痛みなど想像だにしません。虐げられてきた、疎外されてきた、ずっと孤独だったと感じる過去を払拭できる、支配できる対象を求めていると言えそうです。何故自分が孤立していたかを理解できないままに、もう疎外感を感じることのない関係性を「支配」という形で求めているともいえます。
 空気が読めず、そのせいで孤立しやすく、トラウマに満ちた過去を抱えた、傷ついた人、それが加害者の真の姿かもしれません。
 些細な事で激高する傾向、相手に責任転嫁する傾向も、ありがちなことでしょう。人間関係に不器用な人は、うまく自己主張できず、常日頃不快な感情を押し込めて、いい人を演じていることが多いものです。そのストレスは、ほんのちょっとの責任を問われる場面などで、爆発してしまうのです。「こんなにも我慢してやっているのに、まだそんな攻撃をしてくるのか!」というのが、当人の言い分でしょうか。
その怒りの爆発ですら、いい人の仮面がはがれても決して逃げない人、逃げられない相手にしか向けられません。
 これまでの人生で、損ばかりを被った、不幸だったという意識も強いので、同時に、どこかに幸せがあるかもしれないという、埋め合わせを求める気持ちもあることでしょう。被害をもたらす存在、「他人という人間」への不信は強いのですが、その分、安心だと認めた特定の他者には、貪るように求めます。
 ですが、人生、悪い事ばかりじゃない、いいこともあると信じたその対象が、まもなくトラウマの列に加わってしまうかもしれません。相手の笑顔のために働きたいという、与える心を持たなければ。
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テーマ: 愛のかたち | ジャンル: 恋愛

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