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加害者の被害意識

 多くの心理的虐待加害者は、傍目には温厚で良識的な人に見えます。職業も教職など、知的なホワイトカラーに属している人も少なくありません。外では卑屈なほど他人に気を使う人が、親しい相手に暴力的に対している等とは、想像だにできない人も多いことでしょう。
 それでも、何気ない言動の中に、加害者の兆候を見て取る事は可能です。その人は、常に人間関係を上下で考えようとしています。職業的立場が、収入が、性別が、年齢が、あるいは知性が、相手よりも勝っていると考えることに安堵を感じ、支配欲が頭をもたげます。常にパワーゲームを生きているのです。優位に立つことのできる対象は、自らの足りない自尊心を満たせる格好の道具なのです。
 わたしたちの自尊感情は、他者と比較することによって揺らぎやすいものです。「できる人」の傍に居ると自尊心が傷つくことが多く、逆にいたらない人が傍に居ると、自分はできる人だと、相対的に自己評価は高くなります。このため、悲観的な気分に陥っているときは、従事している不得意分野で、自分よりも不器用な人と一緒だと、立ち直りやすいのです。プライドが高く、自分という存在を胸中深く卑下している人が、貶められる他者を常に求めるのも、こうした心理の働きでしょうか。その対象を支配、コントロールすることでパワーを得ようとするかのようです。
 そうした支配被支配のパワーゲームに生きている人は、他人に脅かされることを怖れています。常に相手よりも正しく、優位にいないと安心できないかのようです。

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人は間違いやすく、間違ったとしてもやり直せるし、周囲からも受け入れられるという経験を、成長期に積んでいないのかもしれません。ギャングエイジを持たず、順調なエリートコースを歩んできた人の中には、そうした脆さを抱えた人もいることでしょう。
 部下や周囲の人が自分の評判やポジションを落とし入れるのではないかと、根拠がないにもかかわらず、妄想的な疑念を抱いて、その脅威に対して暴力的に対することを正当化する人もいます。自らの中にある自信の無さと恐れを、直視できないことが原因でしょうか。
 部下はパートナーよりも去りやすいので、頻繁に取り巻く人が入れ替わることになりかねません。自分のために働いてくれる人がいない状況は、いくら立場上の権威や肩書があったとしても辛いものです。すると、ますます、そうした部下の「無能ぶり」を責めやすくなり、悪循環のスパイラルにはまりがちです。
 自分自身の中に問題を見いだせず、原因は常に他者の中にあるとする考えが、被害妄想の核心です。常に責任を相手に転嫁し、自らの正当性にしがみつき、被害者意識と憎悪と怨念を募らせているのが、妄想性人格障害の主訴に他なりません。必ず正しいわけではない自分、間違っていることもある自分、自らの未完全さに気付き、許し受け入れられるかどうかが、人格障害の岐路とも言えます。
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カテゴリ: 妄想性人格障害

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