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搾取的な関係

 搾取的な関係では、片方がもう片方よりも偉いと思っているので、好き勝手に振る舞います。その人が、あなたを見下しているのなら、その関係性に健全な未来はありません。
 この人は、わたしの意見に聞く耳を持っているだろうか?自分の方が優れた人間だと思っているのだろうか?わたしはこの人と、対等な関係でいたいだろうか?と、考えてみてください。
 もし、その人が、性別、経済力、学歴、社会的ポジションなどで、自分の方が優れた存在だと思っていて、あなたの方は人として平等でいたいと考えているなら、二人の行く手には暗雲が立ち込めています。
 良い関係は、与えるものと受け取るもののバランスが取れているものです。相手が、人使い荒く、あなたをまるで道具のように扱い、指示命令を繰り返し、尽くしても当然と受け取り、感謝もなく、まだあれこれと不足や文句ばかりでは、その関係性に喜びがありません。あなたから金銭や動労を受け取りながら、その貢献をたいしたことないと考えているならば、あなたは自分が至らなかった等と考えて、さらにもっと尽くしてはいけません。「わたしにできることは、すでに充分尽くしたから、いつ去っても悔いはない。」と、他の選択も視野に入れましょう。もちろん、楽しみもあることでしょう。ですが、その人だけ、その社会だけがすべてではないのです。

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ここに身体的暴力が加われば、事態はさらに深刻です。男女間の場合、身体能力の格差から、相手にとってはほんの少しの力でも、鼓膜が破損したり、打ち所が悪ければ頭がい骨陥没といった事態になりかねません。
 身近な人に相談すれば、事を荒立てないで、あなたも悪いところを反省し、寄り添うようにと宥められるかもしれません。ですが、「わたしもわがままだったから、□△×...○△と言ってしまったから...」と自分の態度を改めることによって相手をコントロールしようとしても、必ずしもうまくいくとは限りません。暴力によってあなたが意のままになるという達成感を、一度相手に与えてしまうと、その場は反省してもまた繰り返される恐れがあるのです。
 状況が展開するには、ひとつの方法しかありません。搾取的な片方が、ある日自分の態度がどれほど相手を傷つけていたかに気付くこと。ですが、あなたが容認していたり、抗議したとしても和らかな態度であれば気付きません。人は、たいせつな人に去って行かれて初めて、その存在のかけがえのなさに気付くのです。
 「ありがとう。あなたがいてくれて、幸せだった。わたしも、わたしのできること全てを尽くしたから、何も思い残すことはありません。さようなら。これからも幸せでいてください。」
 にっこり微笑んで、毅然と踵を返すのです。これまでの自分の態度と、あなたの存在の意義を見つめなおすきっかけになることでしょう。
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