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挫折愛

 交際は、始め方よりも終わらせ方が難しいものです。恋愛やパートナーシップは、他の人間関係では埋め合わせできない、この世でただ一つの排他的関係なのですから。他のどんな人間関係でも充たしえない渇望を満たす力があるだけに、激しい執着も生み出します。
 片方がこの関係を継続したい、さらにもっと親密になりたいと願い、もう片方が終わらせたいと考え始めたような場合、どうしても不安に駆られて「追いかける」心理状態に陥ってしまいます。相手に好いてもらうためなら何でもしようと思うでしょう。こんなに愛しているのにと、思いのたけを告げて相手のつれなさを責めがちにもなります。また、相手の他の交友関係に湧き上がる嫉妬心にも苦しみます。

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ふってしまうサイドが、相手の受けるダメージも考えない一方的なむごい態度である場合など、愛を通り越して憎しみが湧きあがります。交際相手と別れる時、必死に追いすがる相手を嘲笑うような酷いフリ方をするのではなく、相手の傷心にも想像力を働かせるべきでしょう。
 なかには、刺されても仕方ないよと言いたくなるような残酷な仕打ちをする人もいますが、たとえそうした仕打ちをされたとしても、多くの人はストーカーになるわけではありません。だからといって、別れを受け入れていくフラれた側の人たちに、怒りや恨みが一度もわきあがらないということでもないのです。断ち切られる愛は、それほどに苦しいものなのです。
 一般的に、別れた後孤独や困難が続くと、立ち直りは遅くなると言われています。失恋を忘れるのは次の恋だとも言われます。
 ですが、次の恋に充たされて、幸福に暮らしていても、新しい恋人のしぐさやことば遣いを、ふと過去の人と比べてしまう、等というのはよく聞く話しです。失いたくなかったけれど、指の中からこぼれ落ちてしまったダイアモンド、未完の恋はそうした存在なのかもしれません。たとえ、どんなに酷く裏切って去って行ったとしても。
 失恋とは、相手が去って行くことではなく、自分の中でその人への恋を失うことでしょうか。その日は孤独だと一向に訪れず、次の恋によって払拭されるというほど、簡単なものでもなさそうです。多分、それは、その人が「落としてしまった貴重なダイヤモンド」でなくなる日なのでしょう。ダイヤだと思っていたら、壊れたガラス片だった。おまけに、その鋭い破片で手を切ってしまった。それが、過去のドラマだったと気づく日です。
 悲惨な出来事をあれこれを思い出し、怜悧な前頭前野で理論を組み立てて相手の不実さを納得しようとするのではなく、感情レベルで、直観的に「腑に落ちる」時です。その時が、おそらく挫折愛の終わる時なのでしょう。
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カテゴリ: 失恋の処方箋

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