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人を信じる力

 誰の過去にも、傷ついた記憶は点在していることでしょう。その出来事の成り立ちを客観的に解釈して人間に対する理解を深めないままに、傷ついた感情だけを抱きしめていると、不信感を持って未来に備えようとする傾向が生まれます。すると、傷つくことが無いよう、他者とは表面的な付き合いに終始しようと考えるかもしれません。親密な関係性を結ぶ相手、恋人やパートナーには自分が支配できそうな従順な相手を選ぶ傾向も出るかもしれません。その一方で、職場などの公の場では、自分自身が従順であることも多いかもしれません。
 こうした自己防衛が働いていると、当然ですが、他者と深く関われません。反対意見を言うと齟齬を生じる、自分の立場が危うくなるとばかりに、多数派の意見に同調してばかりだと、だんだん息苦しくなって、自分の存在意義を疑うようにもなりかねません。

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もしも、真摯に心を開いているにもかかわらず、相手が支配的に挑んできたり、責任を一方的に押し付けてくるようなら、その相手との関係性に、見込みがありません。途絶える方が幸いと言えるでしょう。
 続いていく関係性は、こちらが傷ついて距離を開けようとするとき、相手はその気配を察して、自分の態度を振り返り、向こうから歩み寄ってくる関係性です。相手のその姿勢に再び喜びを見出して、良い関係性が復活していくことでしょう。
 出逢った相手に魅力を感じるのには一瞬で足りますが、まだよく人柄を知らない相手と信頼関係を築くには、長い時間が必要です。約束を破られたとき、期待を裏切られたとき、そうしなければならなかった相手の心情や事情を、どこまで許し受け入れられるかどうか、また、自分が相手からの大きすぎる要求に応じられないとき、相手がどれほど、それをひっこめ、こちらの実像を許容してくれるかどうか、双方の「人を愛する能力」に掛かっています。
 不信感の強い人ほど、許容の閾値が低いと言えるかもしれません。そして、また、防衛のための不信感であるにもかかわらず、不信感が強いほど不安に蝕まれる結果を生み出してしまいます。
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