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心理的引きこもりからの脱出

 人との関わりの中で、自分が他者の悪意のターゲットになってしまい、また、そうした状況が長期間続くと、人の心はどんどん追い詰められていきます。ターゲットに選ばれてしまったこと自体を恥ずかしいと感じて、苦しみを誰かに打ち明けることができません。
 こうなると、悪意を向けられる自分、立ち向かえない自分を、責め始めてしまいます。自分を恥じ、そして責め、委縮して、進んで心を開けない状態が続くと、そうした人と進んで関わろうとする他者は少ないですから、どうしても孤立しがちになります。すると、疎外感が生まれます。他の人たちはみんな仲良しだが、自分だけはいつも蚊帳の外に置かれるという感覚に陥っていくのです。雑談の輪に加われない、他者が近づいてくるのは用事を持ってくる時でけ、というのでは、他者という存在は喜びの対象にはなりません。陰で自分の悪口を言われているのではないかという不安も湧いてきます。
 誰か一人でもいい、受け入れてくれる他者がいれば、人は人を信頼することを覚え、社会性を学んでいかれるといいますが、他者への依存と不信を秘めたまま引きこもっている状態では、その一人を得ることは難しいでしょう。親ですら、そうした我が子を恥じて、責めかねません。

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人は、他者との関係の中で、生きる喜びを得たり、逆に生きることに絶望するほどの苦痛に打ちのめされることもあります。それだけに、人は誰でも無意識のうちに他者の目を意識して、自分の出方を調節しています。何気なく日常の人間関係をこなしている人たちも、高度なスキルを駆使しているのです。まず、ハンドルを握らないことには何も始まりません。
 他者の中から悪魔を引き出すのも、天使を引き出すのも、半分は自分次第。もし、今いる場所が地獄のようだとしたら、それを天国に変えるのも半分は自分次第です。
どんなに辛くとも、一人ぼっちだと感じていても、元気を出して自分から挨拶してみましょう。
 悪意を向けてくる性格のゆがんだ人の態度は変わらないかもしれません。依然として無視されたり、陰口を叩かれるばかりかもしれません。ですが、周囲の人たちの態度は明らかに変わってくることでしょう。少しずつ挨拶を返してくれたり、声を掛けてくれたり、仲間に加えてくれることでしょう。
 独りで受け止めると辛いいじめや嫌がらせも、分かち合う相手がいれば気にならなくなります。後輩がいじめを受ければ、今度は自分が慰め励まし、そうして連帯感が生まれると、もうそこは苦しいだけの世界ではありません。以前は、うつむくばかりのあなたをいじめられて当然の人と思っていた人も、今度は加害者を問題の多い性格と認識することでしょう。
 独りで立ち向かえるほど強い人は、多くはありません。支えあえる人たちがいてこそ、人は強くなれるのです。もちろん、群れの中に埋没して自分を見失わないけの冷静さも必要ですが。
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カテゴリ: 認知と癒し

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