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「都合のいい人」にならないために

 「ちょっとそこのボールペンを取って」と言われれば、誰しも何気なく机の上のボールペンを貸してあげることでしょう。別段、躊躇うほどのことてもありません。 ところが、味をしめたのか、見込まれたのか、だんだん要求が大きくなってくる人もいます。普段から、傍に居る人に自分の用を押し付けることに躊躇しない人なのでしょう。行動力があり、リーダーシップを取る事に慣れている人かもしれません。
 一方、頼まれる側になる人は、まじめで協調性のある人が多いことでしょう。相手の事情が解るからこそ、手を貸してあげたくなるのです。役に立つ人と思われたいという潜在意識も、働いているかもしれません。それを見透かしたかのように、相手は人の役に立つ素晴らしさを褒め称えて、さらに扇動してくることもあるでしょう。

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そうしたきれいごとに踊らされてはいけません。最優先すべきは、あくまでも自分自身です。苦痛を感じてまでしなければいけないことなど、何もありません。自己中と非難されたり、相手にされなくなるリスクはありますが。利用価値だけの存在と見なしている相手とは、努力しても友人になることは難しいでしょうから、そこは割り切るしかありません。
 中には、自分を抑圧して調和を保とうとする傾向のある人を、見下してうっぷん晴らしの八つ当たりの対象にする人もいます。不機嫌になった時だけ電話をかけて、喧嘩を売ってくる人、密かに、周囲にあることない事を告げ口して、小集団によるボイコットを画策している人、こうした敵意のある人とは、努力してもうまくいくことは難しいでしょう。
 まじめな人ほど、こうした人たちの間に生じる摩擦を、自分の問題だと捉えて、解決しようと苦慮します。そして、自分の対人スキルを疑って、自分を責めるのです。
 もしこれらの人が、対人スキルに優れた配慮の行き届く人だったとしたら、そもそも、人が苦しむような言動は取りません。自分にとってマイナスになるだけの関係なら、無い方がましです。
 困難から逃げちゃいけない、そんなに弱くないと自分に言い聞かせ、留まり続けたところで、あなたを傷つけることを当然だと思っている人は、その態度を改めないでしょう。むしろ、正当化する理由をあげつらうばかりです。
 距離を開けることによって、渦中にいたころには解らなかった全貌が見えてきます。相手の精神の病理の深さに、離れてみて初めて気付くこともあるのです。そして、同情の念が湧くのも、もはや攻撃される可能性が無いからこそと言えます。
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