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 心理的暴力と偽善

  羊の皮をまとった狼、などと形容されるように、心理的暴力を振るう加害者のサディスティックな性格は、表面上は解りづらいものです。虐めのターゲットにされている当事者だけが気付いている場合もあることでしょう。
 本人は、自らの「棘」を見せびらかすような真似はしません。慎重に、それとは真逆な「愛」に満ちた言動で隠そうとしています。口はうまく、言い訳や嘘も巧妙です。その「愛」に満ちた言動の中に、本物の愛があるかどうかは、注意しないと見抜けません。
 立派な人を演じるために、好んで困っている人に手を貸すこともあるでしょう。ですが、相手の苦しい心境に対する想像力は欠けています。普通なら、相手の心境を察して、少しでも力になってあげたいという同情心が湧いてくるのですが、そうした共感は欠落しています。そのため、せっかくの善行も表面的で誠意がありません。しかも自分がした善行を、周囲に向かって声高に話さずにはいられません。目に見える親切を周囲は褒めますので、何かしてもらった人は、美談に利用されたような、何かもやもやした心境になるかもしれません。

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 困っている人、不幸な状況にある人は、ただそれだけで、サディスティックな性格の人に、優越感を与えます。少し助けたところで自分を追い越す心配のない相手には、進んで手を貸し、そうした自分の行為を誇ります。ところが、自分より少し優れていると見なした相手は、叩き落さずにはいられません。さらに、はるかに優れた相手には、すり寄っていきます。
 自分の攻撃性を、周囲に気付かれないように、陰湿に心理的に表出する人は、知的能力には優れているといえます。その知性を、周囲に抜きんで、リーダーシップをとるために使おうとはせず、もっぱら邪魔な存在の足を引っ張ることにのみ駆使しているかのようです。
 リーダーシップに必要なのはある程度の人格の成熟と、自分への信頼ですが、この人にあるのは未熟性と的外れな他者不信です。良い協力者になってくれるかもしれない人を、不信から邪魔にして陰湿に虐めます。
 ひにくれていて、他人の言動を悪意に解釈します。それを正当な理由にして、好戦的で、執念深く、悪意に満ちた陰湿な攻撃を巧妙に繰り返します。感情は冷淡で、良心の呵責はスイッチオフになっているかのようです。親切そうに装っても、親切ではありません。自己中心的で貪欲で、自らの欲望に忠実です。
 幸福な人は、不幸な人を求めません。不幸な人を探し出しては、軽蔑しながらも手を貸し、相手の不幸で自らを満たすことに執着などしません。他人の不幸を栄養源にしている人には、注意が必要と言えそうです。
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