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脳機能と性格

 パーソナリティ障害のある人と接して気づくことは、自己中心的で他人の気持ちに想像力が及ばず、とかく自分の都合次第で、人を道具のように利用しがちだということです。そして、思い通りにならないと不機嫌になり、逆切れしたり、日常的に嘘をついたり、約束を破ったりで、親しい人たちの信頼を裏切り、不信感や違和感を抱かれる人です。
 表面的には如才なく、一見温厚でやさしい人にも見えますが、その実、人間関係を維持する基本的なルールを知りません。ダメにした経験から学べないかのように、同じ過ちを繰り返します。自分の行動の結果を予測できないかのように見えます。
 また、普段は物静かで、凶暴さなど微塵も感じさせない人なのにもかかわらず、話し合っているうちに、他者への憐れみや同情心、良心の呵責を微塵も感じていないことに驚かされるような人もいます。自分の人生の不遇を延々と話し続けて、相手の同情を買おうとしながらも、身勝手で残酷で、家族に寄生するような生き方をしている人もいます。





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最近の脳画像解析の発達で、こうした人たちの脳には、そうでない人たちとは、明らかに違っている部位があることが解ってきています。感情のコントロールに関わっている眼窩前頭皮質と、恐怖、嫌悪、快楽などの感情に関る扁桃体をつなぐ鉤状束が不充分なのです。前頭皮質や側頭葉の灰白質の容積の小ささなども指摘されています。このため、外界からの情報を統合して、情緒をコントロールすることが難しいと考えられています。
 この脳のために、不適応的な生き方を強いられている人たちと言えるでしょうか。自らの不調和な脳の犠牲者とも言えそうです。

 自らの立ち位置を離れ、他者の立場や感情に配慮することは、複雑な認知機能を必要とします。誰しも、追い詰められた精神状態の時や、恋の情熱に浮かされているときには、うまく働きません。また、頭部外傷や脳の病変によって、後天的に損なわれてしまうこともあります。
 いくら不調和な脳のなせる業だと解っていても、友人知人は自己中心的な態度にあまり我慢しないことでしょう。そこで、家族や愛する人だけが、唯一の人間関係として残ることも多いものです。
 知り合いが訪ねてきたときだけは、分別のある明るい人柄を演ずるものの、帰ってしまうと、自己中心的で依存的、横暴な態度に戻ってしまうという場合も多々あります。家族やパートナーは、自らが直面している苦痛を、周囲になかなか理解してもらえません。
 本人に自らを客観視する力が乏しければ、大目に見ようとする相手にはますます依存的になり、支配的になっていきます。尽くしていれば、きっと感謝されているはず、いつかは報われるはずという思惑があるならば、見直さなければならないかもしれません。そんなふうにしか生きられない相手の痛ましさが解るからこそ、大きな愛で包みたいと願うならば、時にはその大きな愛をもって、相手を叱らなければならないこともあることでしょう。
 多くの人から見放されたその人にとって、あなたという存在がいることは、大いなる天の恵みといえるでしょう。たとえ、本人がそう自覚していないとしても。
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カテゴリ: 脳と精神

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