Sponsored Link

共依存-献身的な虐待

 献身的に義理の親の世話を焼く嫁、子供の宿題まで代わってやる母親、親族や知人のお金の無心に快く応じる人、こうした特徴をすべて兼ね備えている人もいます。
 周囲からは「よくできた人 」と誉めそやされることもあるようですが、あなたは釈然としません。陰で、その人が、義理の親を非難し、愚痴をこぼしているのを知っているからです。看護されるしかない家族は、きっと針のむしろだろうと気の毒に思わずにはいられません。
 大げさな献身は、自分の中にある負の感情を覆い隠す手段として使われます。相手に対する嫌悪や無関心を、周囲の目から隠したいのです。

 パートナーや子供に対する過ぎたる干渉には、さらに大きな問題、依存があります。この子はほんとにダメな子で、と周囲にぼやきながら、代わって宿題をやってしまうのでは、子供の自尊心は育ちません。とはいえ、それでも、子供はやがて自立していきます。
 一方、問題の多いパートナーは自立しない子供のようです。そうしたパートナーを庇って、献身的に尽くしていることも多いのですが、相手はそれに慣れてしまい、報われることは乏しいでしょう。

 なぜ、虐待するパートナーと別れないのかと尋ねると、「かわいそうだから放っておけない」「最初の奥さんは逃げたけど、私は逃げない。」などという答えが返ることも多いでしょう。相手を支える自分に価値を感じているので、その関係性を変えることができません。たとえその相手と別れることができたとしても、 別の誰かと、同様な共依存関係に陥っていく場合も多々あります。

Sponsored Link



共依存の関係は、 問題のある人と、その人を献身的に支える人で成り立っています。他人に依存的で金銭にもルーズ、そのくせ支配的であちこちでトラブルを起こしているパートナーや友人、ダメな人だと内心非難し、周囲に愚痴をこぼしながらも、哀れで見捨てられず、甲斐甲斐しく世話を焼きます。愚痴をこぼすたびに、相手から同情やねぎらいの言葉をもらうのが、励みになっています。誰かが解ってくれる、それで報われたような心境になるのです。
 世話を焼く人は、一見しっかり者に見えますが、その実主体性がなく、他人に振り回されがちです。自分自身への心もとなさから、相手を自分に依存させるという形で、関係性を確かなものにしようとしています。そのためには、相手は頼りない存在である必要があります。過干渉、過保護も、上辺だけの献身も、柔らかな虐待といえるかもしれません。
 自立の時期に達した子供は、このカラクリを振り払っても、巣立っていこうとします。パートナーには、こんな展開にならないよう、あらかじめ問題のある人を選んだかもしれません。
 たとえ、相手が性格的な偏りを抱えた人でも、人との関係性は、こちらの出方次第でも変わっていきます。相手の美質に注目し、相手を尊重することで、その人にとってかけがえのない存在となることです。
 共依存の問題点は、支えられる相手が、多少なりともその事に羞恥心や苦痛を感じることでしょうか。そこから、尽くしてくれる人への怒りが生じてくる場合もあります。腹立たしいが、それでもこの人なくしてはいられない、双方そう感じている、これが共依存の世界でしょうか。ねたむ人も共依存の傾向があります。
スポンサーサイト
カテゴリ: 共依存

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する