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人間関係の保険?

 もう、あの人とは関わりたくない。寂しくても構わない。一人ぼっちの方がまだまし!!そんなふうに憤りを感じるようになったら、今一度、その相手との関係性を見直す時に来ているのかもしれません。
 私たちが人付き合いに充足を感じるとき、時間やエネルギーや幾ばくかの金銭を支払っても、それは苦痛にはなりません。逆に、この人と関わると失うばかりで得るものが何もないと感じるような人間関係に、人は次第に疲れていきます。すでに、自分を犠牲にしすぎているのです。

 自己犠牲は美徳ではありません。喪失への恐れ、孤独になることへの恐れ、変化への恐れに裏打ちされています。
 もちろん、相手の立場や心情への共感もあることでしょう。ですが、自分が泳げなかったら、溺れている人を助けることはできません。ぎりぎりの経済生活をしているなら、友人の道楽にカンパすることはできません。自分が病気の時に、健康な人たちのケアをすることも難しいものです。

 ところが、私たちは、ときに、頼まれると無理をしてしまいます。相手に対する期待が、そうさせるのです。私が大変な時、力を貸してくれるよね?という期待です。当然、互いに支え合える関係性だと考えたからこそ、無理を承知で無理をするのです。
 それだけに、期待が裏切られたときの衝撃は、大きいものです。病気の時は見舞いにも来ず、少し良くなると、また頼みごとを持ってくる。あるいは、金の切れ目が縁の切れ目。
 持ち去るだけの人、自分の利益ばかり考えている人と関わると、苛立ちが増えていきます。その関係性から、支払うコストに見合う喜びを受け取れないからです。
 見え透いたお世辞ばかりで、相手に全く関心のない人も、コントロールと支配欲が強いばかりで、誠実ではありません。困った時には支えてねというその依存心が、そうした不毛な関係を招きよせてしまうこともあります。
 人間関係に保険をかけて、回収不能になってしまうことはありがちなことです。相手の不実を訴えて周囲から同情を得たり、幾ばくかの慰謝料を受け取ったところで、相手との未来に幸福を委ねていたなら、虚しいことでしょう。

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 友人の数が多い人ほど、魅力ある人物だと考える人は多いかもしれません。ですが、人間関係は関心や優先順位が下がると、壊れやすくなります。人間関係を維持するのは、暖炉の火を燃やし続けるようなものです。常に暖炉の状態を見て、薪を注ぎ足すのです。普段放置しておきながら、いつでも相手は自分の必要を満たし、温めてくれる存在だと、あぐらをかいていてはいけません。暖炉の数が増えると、どうしても一つ一つの暖炉に目は行届かなくなります。
 第一に、温まるために、それほど多くの暖炉は必要ではありません。お気に入りの暖炉なら、終日手入れをしていても少しも苦にならない、そうではありませんか? そうした暖炉をたいせつにしたいものです。
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テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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