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ADHD-ハラスメント加害者の依存性

 ADHDの人は、ともすればモラハラ、パワハラ、虐待などの加害者になることが多いものです。物事のとらえ方が非常に表面的で、他者の心情に思い至れないのも一因かもしれません。すると、心の交流などに価値を見出しにくくなります。
 他者を評価する基準は、社会的な成功や学歴に傾きがちです。また、周囲にいる名もなき人たちを見下すことが多く、他者の生き方を認め、その苦労を感じたり、人それぞれの人生の重みを感じとることができません。人を心から褒めたり、尊重することがありません。お世辞は、聞くものがすぐにそれと分かるほど、軽薄です。

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 退屈を恐れ、常に行動しようとします。人は、一人でいる時間に思慮を巡らせ、周囲の人々や出来事に対して認識を深めようとするのですが、深く思考しないがために、脳は退屈し、刺激を求めていると言えそうです。
 表面的な魅力から集まってくる人も多いですが、去っていく人も多く、交友関係は常に流動的です。人には執着しないので、人間関係の悩みは少ないのかもしれません。

 自分の価値観の正しさを信じ、他者がそれに従うことを求めます。支配者であることを望みますが、統治者ではなく、お山の大将になりがちです。
 身近な人々に、何でもゴリ押し、無理強いし、強引に思い通りにしようする傾向は、対人関係に波風を立てます。他人の痛みが解らない人、人を都合次第で利用しながら、その相手を尊重しない人、感謝のない人と評価されがちです。

 こうしてモラルハラスメント、パワーハラスメントの加害者と位置づけられるくらいですから、たくましい自立した精神の持ち主と思われますが、一方で非常に強い依存性もあります。じっくり瞑想したり、多角的に検討することが苦手なので、答えを与えてくれるものに丸投げにしたいという欲求を持っています。安直な宗教にあっさりはまり、自分自身がカルト化してしまうこともあります。

 物事がうまく機能しているときにはお山の大将ですが、思慮不足から暗礁に乗り上げると、ハラスメント傾向が強まり、自分を有能に見せるために、身近な人を見くびることもあります。無謀な要求を出して、相手から動労を搾取しても罪悪感を感じません。感謝の情も湧きません。
 相手が要求に応じなければ、その相手を責めて非難します。自分の事情という言い訳に終始し、謝罪はしません。

 物事の展開を自分の立場ばかりから眺めると、非は常に相手にのみあることになります。従って、自己評価は下がりません。そこで、自分の正しさを主張すると、それは相手を攻撃することになります。
 人がここで立ち止まり、怒りを鎮めるのは、相手が見えるからです。相手の立場、相手の人となり、相手の事情を前にして、自分と相手を見比べ、現実を受け止めるのです。
 ここで、さらに自己正当化に走ろうとすれば、虚構の万能感への道へ通じることになります。カルト宗教に対するアディクションが、そうした万能感を支えることもあることでしょう。
 理解し支えてくれるのは、全知全能の神ではなく、傍にいてくれる人です。その人を粗末に扱いながら、神はこんな自分をも愛してくれるといった夢想に酔ってはいけません。恐れずに本当のことを言ってくれる人が居ることが、ハラスメント加害者になりがちな人には、特にたいせつなことかもしれません。
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