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モラルハラスメントの世界

 上司や同僚、友人や恋人から、精一杯を尽くしているのに認められず、尊重もされない。そればかりか、不足を言われたり、責められたり、無視されたり。
 こんな時、何か知らずに相手を傷つけてしまったのではないとか悩んだり、認められるようもっと頑張ろうと張り切るのは、もしかしたら相手の思う壺かもしれません。あなたのその罪悪感こそ、相手の欲してやまないものかもしれません。あなたが自己不信に陥ると、相手はますます、皮肉やあてつけがましい非難などを繰り返し、あなたを追いつめていくのです。
 しかも、その攻撃のひとつひとつは隠微で、第三者には気付かれにくいものです。また、たとえあなたが限界だと感じて、誰かに助けを求めたとしても、その人は攻撃者と言われる人と自分との関係性を壊してまで力添えしようとは考えないことでしょう。あなたの弁護人となって相手と対決してくれることは、期待薄かもしれません。
 ここであなたが反旗を翻したり、決別を決めると、相手は意のままにならないあなたに、あからさまに憎しみをあらわにすることでしょう。問題視されている出来事がなんであれ、それはすべてあなたが悪い、そのあなたを迫害するのは、当然の権利だと主張する言葉による暴力を、延々と受け続けることになります。

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 モラルハラスメントということば自体は、それほど古いものではありませんが、こうした人権侵害は、人の集まるところ、どこにでも出現します。21世紀になって、やっと、それが人の心に深い傷を残す暴力だと認識されはじめたのです。
 また、職場や家庭、学校といった停滞した社会の中で起きやすいために、外部には気付かれにくい特徴もあります。

 言葉や態度で精神的に人を傷つけていくやり方が人権侵害であることに、わたしたちは気付かずにいたのかもしれません。被害者本人も、批判され非難され、陰口を叩かれることに、怒りを覚える以前に、自信を失っていく可能性が大いにあります。
 また、加害者にも、その言動に及んだ理由があります。自分こそ被害者だと双方が主張する事態は、日常に溢れています。

 なぜ、そうした事態に陥ってしまうのでしょうか。そこに、愛がないからです。被害者のほうに問題があるから、自分こそが被害者であるなどと主張する人には、相手の痛みへの共感が全くありません。周囲から加害者と認識されないよう、自己弁護に奔走するばかりです。
 愛がないだけでは、人はそこまで残酷にはなれません。周囲からの評価を得るために、称賛されるために、相手を裁かれて当然の存在に貶めなければならないのです。誰かに対する誤った態度で周囲の顰蹙を買ったとしても、そうしたものはすぐに取り返せる、補って余りある自分の存在、に対する信頼の欠如に他なりません。その小心さが、人を限りなく残酷にするのです。
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テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体

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