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ありのままの自分でいられない

 沸き上がる自分の感情は、誰よりも自分が一番よく知っている!!そのはずですが、負の感情は、沸き上がると同時に蓋をしてしまうことがあります。「そんなことを思っちゃいけない」と。
 そして、ずっと後になってから、「あの時、思っていたよりも傷ついていたんだ。」と気付くことになります。不快な出来事から、自分の感情に気付くまでに、時間的なズレが生じてしまうのです。

 アレキシサイミアという性格傾向のある人は、弱音を吐かない、忍耐強い頑張り屋さんです。相手の立場を気遣って、頼まれるとついつい引き受けてしまう過剰適応にも陥りがちです。どんどん雑用を依頼してくる同僚や恋人に、内心、もう限界!と腹を立てていても、条件反射のように愛想よく振舞ったりします。

 物事を良い方向に考えようとして、辛さを否認したり、相手との間に波風を立てることを恐れてはいませんか?失うことを恐れて、我慢を決め込んでいませんか?
 過剰適応を起こしやすい人は、自分の負の感情を恐れる傾向があります。嫌悪や怒りを見せたら、相手を永遠に失ってしまう、それくらいなら、我慢した方がまし、と考えるのです。

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 そんなに我慢しても、うまくいかないこともあります。すると、何が足りなかったのだろうと、すぐに自分の態度を振り返ります。うまくいかない展開に傷つきながらも、自分の非を知られるのを恐れて、大丈夫なふりをします。
 ありのままの自分ではだめだと、小さなころから教え込まれてきたのかもしれません。過干渉な養育者から、肯定されない育ち方をすると、自己肯定感も身につきません。認められるために、受け入れられるために、自分らしくない自分を常に演出する態度が習い性になっていきます。そうやって環境に適応してきたのです。
 それは、一つの成功物語ではありますが、その内側には、不満や不安が蓄積しています。常に葛藤に苛まれています。
 過剰適応者の根幹にあるのは、子供のころの不適応かもしれません。その子が環境に馴染めなかったというよりは、その子の個性が、ありのままで尊重され、受け入れられなかったのです。そうしたトラウマゆえに、適応への過剰な努力が始まったと言えるのかもしれません。周囲に受け入れられないのではないか、変わった人だと思われるのではないかという恐れを捨てきれず、他者からの優れた評価で自己評価を高めようとしています。
 そこで、我慢を続け、不満を溜めこみ、それが怒りに変わり、怒りを長く抑圧すれば、ある日決別を決意します。良い関係性を築きたいが故の我慢なのに、その我慢が限界に達して、本来の目的とは真逆の決断をしてしまうのです。
 過剰適応傾向のある人は、自己中心的で人の心の機微に疎い人との相性が良くありません。配慮のできる人は、愛想よく忍耐強い頑張り屋さんに、限界まで我慢はさせないからです。
 誰に対しても愛想よく順応的で我慢強い人の前に、我欲の強い人、貪る人、奪う人は立ちはだかります。過剰適応傾向のある人は、そうした人たちにも善処します。そして、帰宅後不眠症に陥ったり、頭痛に苛まれたり、過敏性大腸炎を起こしたりします。それは体からの警報なのです。
 
 失うことを恐れ、我慢する傾向のある人は、思い出してみてください。かつて絶交した友人や恋人、退職した職場があるのなら、そのことを。
 もう限界!と感じてからもずるずると我慢し続け、やっと離れた時には、もっと早く決断すればよかったと感じたこともあるのではないでしょうか。

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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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