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平穏主義の人

 平穏主義の人は、「和を持って尊し」という価値観を持っています。すると、どうしても、批判的な意見を口にすることが躊躇われます。他者の悪口になりそうな発言は、もちろん慎重に慎みます。 とはいえ、相手の落ち度に気付かない不注意さや、何でも許してしまう無条件の寛容さを持っているわけではありません。平穏を乱しかねない自分の言動に対して、強い抑圧をかけています。
 すると、平気で言いたい放題言っている人が理解できません。調和を崩し、やがては自分自身への不利益となって返るかもしれないことを、なぜ不注意に口にするのだろうと。
 そうした人に比べ、自制心の強い自分自身に対して、満足しているかといえば、そうとも限りません。抑圧は強いストレスとなるのです。
 本音を吐露して、相手を怒らせ、関係がぎくしゃくするかもしれないことに対する恐れが、自制心の根底にあります。ですから、対等な関係性であるはずのパートナーや友達に対しても我慢することが多く、苦言を呈することができません。

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 こうした葛藤が長年続くと、人類そのものに対して、関わることに利益を見出せない人間嫌いになりかねません。なぜ、それほどまでに人との対立を怖れるようになってしまったの?というと、受け入れられなかった、愛されなかったという成育歴が関わっていることもあります。
 すると、受け入れられる自分になるための演出が、ともすれば過剰になります。協調的になることで仲間を得られる体験で強化されると、その生き方が身に着いてしまいます。
 怒りや不満を感じても、何でもないふりをして封じ込めますが、それは自分自身を犠牲にしていることに気付けません。怒りや不満を露わにするのはがいけないこと、未熟な精神構造だと信じ切っているのです。
 ですが、我慢が限界が来る場合も少なくありません。すると、相手に抗議したり苦情を言うのではなく、黙って距離を開けようとします。フェードアウトしてしまうのです。対決して争う勇気が持てず、自分ひとりの胸に収めて相手との関わりを絶とうとするのですが、対人関係のもめ事を起こしにくいという利点があります。

 平穏主義の人は、ガンと言えない自分にコンプレックスを持っていることも多いのですが、無配慮にガンガン言いたいことを言う人格に、簡単に替われるわけでもありません。それよりも自分の個性を受け入れ、その良さを評価する方が大事でしょう。凛として対決することが良い結果を生むこともあるでしょうが、逆に混乱を招くこともありがちです。黙って距離をとる方が、冷静になれる場合もあります。自分の決断を肯定しましょう。
 また、平穏主義の人は常識的です。自分の趣味を通して、上手にストレス解消する方法も知っています。責任感や気配りにはバランスが取れ、情に流されて自分軸が大きくぶれることのない冷静さも持っています。異なる個性に重きを置くのではなく、そうした自分の資質を肯定することで、自分を信頼する力も生まれるといえるでしょう。
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カテゴリ: 認知と癒し

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