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仕切りたがる人

 やたらと周囲に指示命令を出し、場を仕切る人がいると、わたしたちは強くストレスを感じます。とかく上に立ちたがり、周囲の人の器量を低く見積もりたがる同僚や友人に対して、内心憤りも感じることでしょう。
 それは、自分の行動に対して自由がないといった感じであり、そのもやもやした気分を掘り下げていくと、自尊心の痛みがあります。些細なことをいちいち指図されたり、命令されて、それに従う自分の姿に、情けなさを感じずにはいられません。
 命令されまいとすると、指図が飛ぶ前に、自らなすべきことを見つけて、いち早く動かねばなりません。次々に雑用を見つけて、こなし続けるのです。
 これでは、気疲れと過労でダウンしかねません。引き受けてくれそうな誰かに、雑用の一部をやってもらいたくもなることでしょう。支配される側からする側に、移行したいという願いもわいてきます。

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一方、仕切る人は指図する自分に優越感を感じ、ますます元気にムチを振るいます。人を動かせる自分の姿に、自信を深めるのです。
 もしかすると、その人も、支配される立場に転落することを恐れて、支配し続けようとしているのかもしれません。自らもまた、なすべきことを見つけて動け続けなければならないと感じているからこそ、一見サボっているように見える人に、命令して働かせずにはいられないのかもしれません。そうやって、人を使いながら、自らも動いている限り、誰かから指図されることはないのですから。

 ともすれば指図されてしまうタイプの人は、自分のことは自分でします。人に指図して、やらせようなどとは考えません。そんな事をすれば、嫌われると思っています。このような人は、相手をホメて持ちあげ、自分のことは謙遜するスキルで、周囲の人と友好的な関係を築こうとします。
 ただ、謙遜を真に受け、上から目線な態度を相手が取る場合、傷ついてしまうことがあります。苛立って、相手に対する批判が湧いてくることでしょう。

 謙遜には謙遜を、が大人のマナーです。誰しも、自らの無価値感を刺激されることなど、好みません。謙遜する人を前に、ここぞとばかりに優位に立ちたがる人には、真の自信が足りないのかもしれません。
 成熟して余裕のある人は、相手の自尊心を傷つけない配慮ができるものです。やたらと人を仕切って、自分に従わせるような真似をすることも殆どないでしょう。
 支配しようとすればするほど、人の心は離れていくのです。相手の時間や動力を、自分の目的のために使うことの大義名分など、相手の心には響きません。相手にとってのメリットを考え、相手を喜ばせようとすること、それが相手をたいせつにすることにほかなりません。相手の気持ちを尊重すること、たいせつにすることが出来るようになれば、常に自分が優位であることを示さずとも、周囲から尊重され、自分もまた、たいせつにされるようになるでしょう。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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