Sponsored Link

自己開示のコミュニケーション

 人間関係のトラブルは、ほとんどコミュニケーションの問題であるといっても過言ではないでしょう。言いたいことを、遠慮することなく言葉にできて、相手の話を身構えることなく聴くことができる、そうしたコミュニケーションが誰とでもできるといいのですが、現実には、気を使って言いたいことが言えず、後で悔しい思いをしたり、逆に言わなければいけないと、語気を強めてしまい、後後気まずくなったりと、人それぞれに悩みは尽きません。遠慮しすぎても、強引になりすぎても、ストレスを生みだします。

 強引な人は、相手のNOを無視します。押せば、相手からYESを奪えるとばかりに、力で押し通そうとします。相手に対する配慮も遠慮もありません。相手の人権を、無視しています。
 そして、勝利を得ますが、相手に屈辱を与えますので、長期的視野に立てば、良い結果を残せません。
 一方、ともすれば押し切られてYESを言ってしまいがちな、受動的な人は、その忍耐と努力の量にもかかわらず、便利な人、都合のいい人どまりになりがちです。払った犠牲にふさわしいものは戻らず、軽んじられ、尊重もされません。

Sponsored Link



相手を目の前にして、反対意見を言ったり、したくないことはしない態度を示すのは、難しいものです。特に、職場では、仕事を失う恐れから、我慢するしかないと考える人もいるのではないでしょうか。
 ですが、我慢の限界を越えてしまったときや、自尊心が傷ついているとき、それでも、感情を暴走させずに自分の意見や不満を口にできそうなときには、ここで、勇気を出して対峙する時なのかもしれません。
 相手は、あなたにストレスを与え続けていることに、気付いていないのかもしれません。あなたからの提言が、自らを省みるきっかけとなる可能性もあるのです。
 黙っているのが一番いい場合もありますが、自己犠牲に甘んじ続けていては身が持ちません。健康を害してまで、続けなければならない仕事も人間関係もありません。

 友人関係や恋人同士でも、実際に、対決した時の相手の態度次第で、相手との関係性に望みがあるかどうか解ります。もし、相手があなたをたいせつな存在だと思うなら、不本意にもあなたを傷つけてしまったと知って、歩み寄ろうとすることでしょう。
 ところが、即座に自己防衛から、聞く耳を持たず、逆ギレして猛烈な攻撃を返してくるようなら、その関係性には望みがありません。自分を守ることが、あなたとの関係よりも大事なのです。
 こんなことになるのなら、黙って耐えればよかったと、後悔は無用です。あなたを尊重し、慈愛の心を持たない相手との関係性持続のために、もうこれ以上、エネルギーをつぎ込まなくてよくなったのですから。

 個人間でも集団でも、我慢してしまう心理は、現状を失う恐れに端を発しています。厄介で面倒なことになるくらいなら、今のままがましというわけです。
 ですが、個人間でも集団でも、誰かが大きく負担を担っている状況は、不健全で持続性がありません。集団の場合、あなたが限界を感じて離脱してしまうと、その負担は、NOと言えない誰かが引き受けることになります。その結果、人材の交代劇が頻繁に繰り返されかねません。
スポンサーサイト
テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する