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恋と依存

 恋はある日突然罹患する熱病のようです。思いもかけず、不可抗力で恋に落ちてしまいます。
 誰もが経験する感情でありながら、不慣れだとその激情に飲み込まれてしまう危険性もまた高いものです。
 恋の始まりは幻想に包まれています。その人が、人生の難関を潜り抜けてきた成熟した大人に見えたり、他の異性の中から、際立って魅力的に見えるものです。「この人さえいてくれれば幸せになれる。この人の傍にしか、幸せは無い。」と思いつめます。恋に溺れている状態です。恋は退屈な日常を一瞬にしてばら色に染め、未来への不安をかき消してくれます。その人が、自分を幸せにしてくれるかのような幻想を抱くのです。
  すると、相手を自分の期待に合わせたくなります。相手の考えが自分の考えと異なっているような場合、相手が未熟に見えたり、至らなく思えて、正しい考えを相手に教えたくなります。双方が相手を自分色に染めたくて、コントロールに手を尽くします。相手が自分を染めようとしていることに対して、支配されるような危機感を感じ、逆に自分が相手を自分色に染めることによって、ふたりの間の溝を埋め、安心感を得たいと感じます。
ここに、コントロ-ルしようとする側と、コントロ-ルされまいとする側との争いが生じます。誰かを好きになったり、愛した瞬間、相手を自分の望み通りにしようと期待し、無意識のうちに、コントロ-ルをし始めているのです。

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 この権力闘争で劣位に立たされると、感情的ひきこもりが生じます。パ-トナ-を失うのがコワくて、自己主張できなくなってしまうのです。相手との関係がもたらしてくれるであろう幸福への依存といえるかもしれません。
 自分を押さえ我慢してまでも、パ-トナ-の言うことに従う。それも、相手へのコントロールです。
 さらに、パ-トナ-の横暴や、冷たい態度や暴力にも耐えることになるかもしれません。これも、相手を獲得したい一念に他なりません。相手がつれない態度を示せば示すほど、
「少しでも近づきたい。」
という想いが募ります。
「この人の傍にしか、わたしの幸せは無い。」と相手の存在に絶対的価値を置いているのです。
しかし、願いとは裏腹に、逢えば逢うほど、傷ついてきます。相手の人格的な欠点に、心は痛みを感じているのですが、それを深く自覚できません。自分を騙そうとします。
 彼が他の女性を助手席に乗せて、自分は後部座席に放置されても、「こんなことも許せるほどに、もう彼を深く愛してしまった....」と思おうとします。
恋愛は、自他の境界線を越える融合的な、そして排他的な関係性を相手に求めます。
 問題は、「程度の問題」です。相手が仕事や刹那的な他の異性との関係に逃げ、ひとりの相手と親密な関係性を築くことを恐れているような場合、(回避依存)そのパートナーは精神的に充たされていると感じることが少なく、それだけに一層、相手を獲得すること、独り占めすることを渇望します。


 

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テーマ: 不安定な心 | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 恋愛依存

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