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二次被害

 一見、正しいことを言っているようでいて、その人と話していると、無性に傷ついてしまうということがあります。たとえば、誰かに腹を立てていると「許してあげなさい。大人げないよ。」無理な頼みごとをされたときにも、「できる限り力になってあげなさいよ。」
 他にも、嘘はいけない、寛大であることなど、社会一般に正しいとされることばかりです。ですが、いわれたあなたは、もやもやとして心が晴れません。その人が、あなたの立場に立っていないからです。あなたのその悔しさ、怒り、あなたの事情を無視した正論でしかありません。
 相手は、あなたのためを思ってアドバイスしているといった顔をしますが、あなたの慰めにならないばかりか、逆に罪悪感を強いられることにもなりかねません。あなたの感情を餌にして、自分の自尊心を太らせようとしているかのようです。

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「常識」や「道徳」を振りかざす相手の言葉が、いかにも正論そうで、あなたは異議を唱えられず、惨めな心境になっていきます。もう、この人に、何かを相談するのはよそう、そう感じたのなら、それは正しい判断でしょう。悩みや傷心を誰かに打ち明けて、相手の言葉に、さらに追い打ちを受けることを二次被害といいます。

 困った事態に遭遇した時、人は感情が大きく振れて、ともすれば視野狭窄に陥ります。一方、第三者は冷静に見渡せますから、判断は容易です。それゆえに、当事者が劣った人に見えてしまいがちなのかもしれません。無意識のうちに、上から目線で相手を見ることで、自己評価を上げているともいえます。自己満足のためのアドバイスなのです。
 その人は、自分の言葉であなたが苦痛を感じているとは思っていないのかもしれません。アドバイスできる自分に、悦に入っているのです。
 自尊心の乏しい人は、問題を抱えた人を好みます。どんな人の中にも問題を探し出す名人かもしれません。ですが、その人の処方する薬は、決して痛み止めではありません。さらに傷を刺激する劇薬なのです。それも必要な時もあるでしょうが、それだけではQOLが下がります。
 正しさで、人は救えません。正しさには、愛がないのです。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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