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虐待の後遺症

 人と接するのが怖いという人は、おそらく、過去に虐待や疎外といった拒絶された経験を持っていることでしょう。支えてくれる人や理解を示してくれる人が傍にいればいいのですが、虐待されている子供は、ターゲットに選ばれたことを恥じて、羞恥心から、人に話せないものです。すると、誰からも援助が来ないといった状態に、長く置かれることになります。
 また、親からの過干渉や人格否定といった柔らかな虐待を受けながら、親の愛情を疑わず、自分の個性が劣ったものであると信じ込んでしまっている場合もあります。
 苛めや疎外に会う→自分の個性は劣ったものだと恥じる→心の中では助けを待っている→誰も助けてくれない→他人は自分を傷つける存在と認識する→進んで人の中に入っていけない→孤立する→他人の気持ちや付き合い方が解らなくなる。
 孤独を持て余しているにもかかわらず、人とコミュニケーションがとれなくなっていきます。そして、いよいよ寂しくなると、このままじゃいけない、変わらなくては!!と、決意します。

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他人は冷たい→他人だから当たり前。挨拶してくれない→自分から挨拶しよう。待っていても誰も来ないから、開き直って、進んで人に交わろうとするのです。世間知らずですから、その道のりは試行錯誤です。最初は驚いて遠巻きにしていた人々も、少しずつ歩み寄ってくることでしょう。
 とはいえ、虐待の後遺症を胸に秘めた人の対人関係の築き方は、迎合的であったり、秘密主義であったり、距離感が解らず急に歩を詰めすぎて、傷ついて遠く離れたりといった傾向になりがちです。そして、自分の話題を語ることに抵抗を感じます。養育者や環境から、粗悪な自己イメージを刷り込まれているからに他なりません。そうした自分を曝し、相手から馬鹿にされたり、拒絶されることを恐れます。
 そこで、相手の顔いろや声のトーンを読み、相手に気を使い、相手が黒と言ったら、自分が白と思っていても黒というなど、迎合しすぎてしまう傾向があります。そうした態度が、自分自身を追い詰めてしまいます。相手に譲歩し続けねばならない関係は、疲れるものです。やがて、その関係から撤退したくなります。
 本音を言えないのは、それだけ相手を信頼していないということになります。信頼できない相手との間に、波風を立てず、穏便に良い関係性を築こうとしているのです。当然、他者との交渉事も苦手です。
 これまで、他者との間に良い関係が築けておらず、傷つくことばかりだったとしたら、それも無理はありません。相手に受け入れられやすいYesやokを軽く言ってしまい、後から、そうした自分に腹を立てることもあるでしょう。
 約束のドタキャンも、その場限りの人間関係の多い人の特徴です。常日頃、安定した信頼関係を築くことを心掛けている人にとっては、繰り返されるドタキャンは理解しがたいことでしょう。ところが、その場さえ凌げば次はない関係性の場合、場当たり的な言い訳も有効なのです。
 また、成長期に養育者から否定され、拒絶されてきた人は、攻撃的な相手から逃げ出さないという特徴もあります。弱い自分を恥じているので、逃げるのは負けることだ、負けたくない、という思考が身に付いています。ですが、戦えるわけではないので、さらに攻撃を受け続ける結果になります。
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カテゴリ: 自尊心

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