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被害者になりやすいとき

 認知の偏った人、パーソナリティに障害のある人は、ともすれば不用意に益のない攻撃を周囲の人にしかけます。とはいえ、誰もが被害にあうわけではありません。あう人とあわない人がいます。パーソナリティ障害の人が、好んで寄っていくのは、自他の境界の不明瞭な人です。
 人は、誰しも他者との暖かな交流を求めますが、パーソナリティに障害のある人にとって、それは限度を知らない依存となりがちです。相手も、何らかの依存心を抱いている人でなければ、とうてい途方もない要求には応じられません。

 人は、孤独な時に、自他の境界を緩めがちになります。周囲に流されやすくなります。異なった主張をして、集団からはみ出す憂き目にあいたくありませんから。他人からの迷惑な頼まれごとも断らず、自分の都合より他人の都合をつい優先させてしまいます。喪失を経験してパニックになっているとき、より多くの友人を求めているとき、新しい集団に属した時、人はともすれば自我を抑圧する努力を続けます。他者から利用されやすい状態になっているときといえるでしょうか。

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とはいえ、誰もが不運な時を生きている人を、都合よく扱うわけではありません。たまたま、パーソナリティ障害の人に遭遇した時が問題なのです。寂しい人は、来る者は拒まずの方針を取りやすいものですが、来る人は吟味する必要があると知ることになるでしょう。

 自分の力や愛情で、幼い精神状態の人を助けたい、育てたいと思っている人も、注意が必要かもしれません。困っている人に手をさしのべ、力添えできることは喜びですが、ともすれば発展途上の人を恋人やパートナーに選びやすくなります。そして、相手の認知の歪み、考え方や感じ方を変えようと努力します。やがて何も変わらない現実に気がつくころには、引き返せない状況となっていることもあります。
 無条件の愛、無制限の許容。美しいことばですが、現実的でないばかりでなく、とても危険です。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 自尊心

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