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いい人の憂鬱

 いい人は、相手が嫌な顔をしそうな頼みごとなどしません。それなのに、人が迷惑な頼みごとを持ってきたとき、抗議できません。断ることに慣れていないので、ついつい条件反射的に引き受けてしまうのです。
 こうした人は、平気で人を利用しようとする人の犠牲になりがちです。内心、不満や憤りを感じても抗議できないので、やがて生きているのが辛くなります。鬱状態になってしまうのです。
 どうしてこんなことになってしまったのかと、いい人は悩みます。相手のために犠牲を払えば払うほど、相手は多くを要求してきます。そして、感謝も忘れ、不足を言います。尽くしても尽くしても、何のお返しもありません。
 過労で幾度も倒れるほど働いているのに、相手は雑用にしか使えない人だ、ぐらいにしか思っていません。そして、雑用にしか使えない人だと思っているから、次から次へと矢継ぎ早に雑用を言いつけます。

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まるで、奴隷になり下がってしまったようだと、いい人は感じます。なぜ、この人に隷属しているのだろうかと。決して、自分を安売りしたつもりもないのに、結果としてそうなってしまっていると。
 自分の仕事ではない仕事、相手の仕事を優先しているにもかかわらず、気が付けば相手は、使ってやっているといった態度で、つまらない雑用を押し付け、文句を言うばかりです。自分の仕事や楽しみを後回しにして、相手の雑用に明け暮れたいい人は疲労困憊するばかり。見下されていることを肌で感じとって、憤りも募ります。
 相手に従順であることによって、相手は感謝を忘れます。自分に価値があるように、誤解するのです。そして、あなたを見下します。
 あなたを見下し、都合よく扱う人と、これまでどおりに付き合っていく限り、あなたはますます憂鬱になり、生きる気力をなくし、健康も崩して頭痛に悩まされ続けるようになるでしょう。
 あなたは人に、迷惑なことなど頼めません。にもかかわらず、相手はあなたにあれこれ雑用を持ってきます。
 今まであなたは、新しい環境に適応しようと、良い関係性を築こうと、必死で生きてきました。自分の立場も犠牲にして、相手に従順に尽くしてきました。そしてもう、精神的に呆然となっています。これだけ頑張っているのだから、相手に、「いい人と見られている」と信じたいところです。ですが、軽く見られているらしいと知って、愕然とします。

 実は、犠牲を払うから幸せになれないのです。必要以上を与えてしまう心理には、何がしかの相手への要望が潜んでいます。相手は、それを見透かしているのかもしれません。相手が弱みを握っている形に、なっているのかもしれません。それがもう、弱みでなくなった時、相手への見えざる依存が解かれたとき、変化は訪れるかもしれません。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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