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ADHDの加害者像

 ADHDにとって、他人は家族、使用人、外敵に分かれているかのようです。家族は大切にします。そして、周囲の人は、都合よく利用できる存在です。それを拒む人は、部外者となります。誰かに心情的に深くコミットメントすることは、あまりありません。替わりの人が見つかれば、それでいいのです。
 感謝、謝罪、共感や同情は、欠け落ちています。他者の感情を察知する部位に、発達障害があります。したがって、経験から学ぶことが難しいのかもしれません。誰かを深く傷つけたと知ると、即座に謝りますが、ほどなく同じ行為を繰り返します。反省の言葉を口にしても、態度が変わりません。
 交流分析で観ると、NPが低くFCが高い、逆N型パターンになります。CPが高いので、他者には厳しく、NPが低く優しさがありません。FCの高さは天真爛漫、言いたいことは何でも言う、やりたいことは何でもやる、周囲への遠慮など考えることもなく、わがままで自己中心的ですが、陰湿な邪悪さや、悪意が感じられず、「悪い人ではないんだけど....」といった感じです。他者を、独立した生命だと感じられない障害だといえそうです。

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そうした傾向から、本人が意図していないにもかかわらず、加害者になってしまうことが多々あります。人情の機微が感知できないからに他なりません。
 誰かに何かしてもらって、「ありがとう」の言葉を発しても、それはスキルとしての言葉であり、そこに感謝の気持ちはありません。その薄っぺらさは、相手にも伝わります。
 誰かが病気等で苦しんでいても、その人の苦痛に対する気遣いはできません。仕事に穴が開くので困るといった、自分の利害に終始する態度で、相手を辟易とさせます。
 痛みは個人的なものですから、本人以外誰にも解りません。わたしたちはそれを想像力で補ったり、相手に対する慈愛の心で包もうとします。その部分が、欠けているのです。自分がリーダーとして、他者を従える環境を好みます。そうなった場合は、ワンマンに終始し、お山の大将といった印象になります。
 人を支配したがるのは、ADHDの特徴の一つといわれています。見え透いたお世辞や、泣き落としで相手を操ろうとしますが、自らもまた、安易なホメ言葉に踊らされやすいものです。物事の理解が表面的ですから、きれいごとを真に受け、自らもまたきれいごとを口にし、他者を従わせる口実にします。絵空事のきれいごとに、惑わされないことがたいせつでしょう。
 また、支配力が及ぶとみなした相手には、暴言や精神的な暴力で挑みます。こうした場合、被害者をその支配下から遠ざけることが、反省を促すきっかけになるかもしれません。支配に甘んじ続けている限り、本人は自分が他者に与えている害悪に気付けません。
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