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飴と鞭

 おだて屋は、友人知人を前にすると、すらすらと心にもないお世辞を言います。ところが、陰ではあざ笑ったり、見下したりしているのです。口先だけで世の中を渡っていけると、人生をなめているのかもしれません。
 付き合いが長くなるにつれ、居合わせた人たちは、歯の浮くような上手なお世辞と、対象者が去った後の本音との落差を見過ごさなくなります。この人は、私のことも、陰では、こうして馬鹿にしいてるだろうと薄々気づきます。

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ですが、浅い付き合いの相手には、いい人と映ることも多いものです。私達は、誉められると、受け入れられたと解釈して、心を開きます。認められたいという意識が強いほど、つけ込まれやすくなります。ホメられて、うまく利用され、手を引こうとすると、一転して、憤怒や非難で支配されそうになるかもしれません。その人を友人やパートナーにしておくためには、使用人のように奔走しなくてはいけなくなります。
 このように、飴と鞭で他者を操ろうとする人とつきあうと、時間や金銭のロスばかりではありません。メンタル面にも悪影響が現れます。
 その人と付き合うことで自分は何を提供し、相手からは何を受け取っているのか、その収支は釣り合っているのか、常に天秤ばかりにかけておく必要があります。
 こうした発言をすると、おだて屋は、それは不謹慎だ、愛や親切は見返りを求めず与えるものだと、力説することでしょう。際限なく求めるばかりで、お返しを考えない人に限って、無条件の愛を口にしたがるものです。
 きれいごとを口にしたがる人は、無制限の愛を欲している人といえます。そうした人はまた、わずかな愛も施す力はありません。貪るだけの人に近づくと、災難もまた同時に訪れます。
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