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自分の主になる

 自分の人生の主人公は、言うまでもなく自分です。人はみんな、自分の得意とする領域で、誰かの役に立ち、役立つ喜びを感じます。
 ところが、自分らしく生きられる人は、そう多くありません。まるで脇役や端役であるかのように感じて生きてしまう人も大勢います。
 自分を抑えて、世の中のルールに従うのが、大人になることだと、子供のころ教わったかもしれません。そう望まれるから従うという生き方は、一見成熟した考えのようにも思えますが、自分の外側に意思決定権があります。超自我に占拠されている状態といえます。
 外から押しつけられたルールを鵜呑みにするのではなく、それが自分を苦しめていないか、自分を生かしうるのかを検証してみる必要があります。自分にふさわしくないルールで生きていると、本領を発揮することができず、理不尽だ、みじめだと嘆くことになりかねません。
 たとえば、幸福や成功は、世間の価値観ではなく、自分で感じるもの。パワハラ上司の中には、そこそこの成功を収めながらも、自らは不遇だと感じて、関係のない部下に辛く当たっている人もいるかもしれません。

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たとえ惨敗しても後悔しないためには、そうしたかったからそうしたという主体性が必要なのでしょう。命令されて不本意に動いたのでは、失敗の責めを負わされたとき、責任転嫁したくもなります。したくもないのにするという行為は、使用人の生き方です。
 とはいえ、集団の中や他者との関わりの中で、意のままに動くのは難しいのが現状かもしれません。
ですが、「ここにいる以上は」、あるいは「給料をもらっている以上は」と、自分を抑えて我慢する状態では、長くは持ちこたえられません。そこに幸福感がないのです。大切なことは、自分を封印することではなく、自分を活かし、それが人の役に立つことなのです。
 自分を生かせる場がそこにないなら、その場所を捨て去る覚悟も必要です。雑用しか与えられない場所で、雑用に甘んじるのが自分にふさわしいと思えないならば。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 自尊心

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