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人間関係の利害

人間関係に悩んでいるということは、往々にしてその関係性から充分なメリットを受け取っていないということなのでしょう。「見返りを求めない愛」「無償の愛」などという言葉が声高に叫ばれるのも、それが現実には得難いものだからに他なりません。
 仕事を離れたフラットな対人関係も、その人と仲良くすることで、自分にどんなメリットがあるかという利害のバランスの上に成り立っています。何気ない日ごろの付き合いも、金銭や動力の負担が平等であり、なおかつともに過ごすことに楽しさがあるという法則の上に成り立っているように思います。このギブ&テイクのバランスが釣り合っているときはいいのですが、一方的にどちらかに負担がかかるようになると、おのずとその関係性も崩れてゆきかねません。
「もう少し感謝してくれてもいいはずだ」
「あの人と関わることに、どれだけメリットがあるんだろう」
「もっと尊重して欲しい」
 こうした要求が胸に溢れるときは、その関係性が一方的になりすぎているのかもしれません。

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わたしたちは、あの人なら解ってくれる、受け入れてくれると、無意識のうちに、無条件の愛を求めているのでしょうか。そして、その人が陰で誰かと話している本音に、殊の外傷ついてしまいます。裏切られたような心境にもなるのです。
 人は見返りなしに、他人に無制限に親切にすることはほとんどありません。割り勘で食事し、自分の恋愛の話題を相手が聞いてくれるのも、それが相手にとって関心がある話題だからでしょう。相手の興味外のネガティブな話題ばかりを延々と続けたら、次の誘いはないかもしれません。

 次の誘いがなかったら、それは線を引かれてしまったということなのでしょう。相手は、ちゃんと線を引くことのできる人なのでしょう。
 苦しい恋愛や友人関係で悩んでいる人は、この「線」が引けなくなっている場合がありそうです。今苦しんでいる関係にしがみついては、いつまでも苦しいままかもしれません。
 一人ぼっちでいるよりはと、とりあえず付き合い始めたその人が、自分にふさわしいとは限りません。どうすればうまく付き合えるだろうかと、思い悩み努力を重ねずとも、すんなりと仲良くなれる波長が合う人が、他にいるかもしれません。不当な扱いと感じることに耐えるよりも、自らの苦痛を告げて、相手を甘やかしすぎない、それもまた愛といえるでしょう。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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