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回避性パーソナリティ

 その人と付き合うことが楽しければ、得るものが多ければ、人はその人と関わりたいと望みます。逆に、苦痛が多ければ避けるようになります。相手との関係がいい状態というのは、互いに与えあう関係性が維持されています。これが、奪い合う関係性になってしまうと、当然崩壊を招きます。自分から相手を遠ざけるときは、そこに付き合い辛さを抱えた状態なのです。

 わたしたちは、周りの人たちを選んでいますが、同時に周りからも選ばれています。相手から友人として、親密な相手として選ばれないという経験は、人の心にダメージを与えます。一人の方が気楽と、人を前もって避けてしまう心理には、傷つくことへの防衛が働いている可能性があります。そうした人は、一見、社交的で、交友関係が広くとも、あまり自己開示しないなどの傾向があるかもしれません。

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 また、誰かから誘われたとしても、躊躇い、断ってしまうといった傾向もあるかもしれません。過去に良好な対人関係の記憶がないと、未来の対人関係にも希望が見出せません。うまくいかないに決まっているといった不安な予想に、立ち止まることもあるでしょう。他人との間に親密な関係を求めようとしなくなり、相手が親しみや好意を示してきても、そっけない反応をしがちです。誰かと一緒に過ごすより、一人で何いることの方が気楽なのです。
 独りは寂しいし、人と過ごすことに興味がないわけではないのですが、人の中にいると気疲れしてしまうのです。親しい対人関係の経験が乏しいので、頃合いも加減も解らず、しなくてもいい努力も我慢もしているのです。ですから、喜びは少なく、一人になってほっとします。

 回避性パーソナリティの人は、感情や情緒を抑える傾向があります。そうしたものは人に見せてはいけないという思いがあり、常にブレーキがかかっています。本音を見せて、互いに受け入れ合う関係性までの道のりは、遠いといえそうです。
 コミュニケーションが不器用で、人付き合いがへたでも、少数でも打ち解け合う人がいれば、理解してくれる人がいればいいのです。ところが、ここにも問題の種が潜んでいます。他者との交流に、否定されることを恐れている人は、受け入れてくれる人に対しては、どこまでも甘えてしまいがちです。傷ついた過去から、傷つく結果への確信から、人との交流を避けてきたゆえに、加減が解りません。
 相手から「限界を越えている」と拒否されると、傷ついて落ち込み、相手に対して怒りや憎しみを抱き、といった身勝手な反応をすることもあるでしょう。愛されることを渇望しながらも、相手を愛せない人の典型的な反応といえそうです。愛されたいけれど、親密な関係に伴う責任や、しがらみを避けたいという葛藤があるように思います。
 ですが、自信とは責任を担って、経験を経ることによって培われます。回避し続ける人たちには、未成熟な印象がいつまでも付きまといます。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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