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恋-前頭葉と側頭葉の葛藤


 ある日、ある場所で偶然出会ったその人に、一目で恋に落ちてしまいます。ずっと前からの知り合いだったかのような、妙な懐かしさを覚え、運命を感じます。彼・彼女のどこに、それほど惹かれるのか、自分でも答えられません。一瞬にして、強い感情的高揚が生じてしまうのです。
 接近したいという願望が起きます。どんな人柄なのか、知りたい。そして、その身体に触れたい。キスをしたい......
 片想いの期間を経て、その希望が叶った。もう、有頂天です。公の場でその姿を見かけただけで、心臓が破裂しそうなほど、ドキドキします。
 この頃はまだ、これまで遠くから眺めて憧れていたその人を、想像によって勝手に理想化しています。ところが、相手が目の前に来ることになって、幻想がはがれ、欠点が見えてくるのです。恋していたのは、目の前にいる相手ではなく、その相手のルックスに理想とする人格をインプットした、偶像だったと気付くのです。

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皮肉なことに、恋は成就することによって、冷めてしまうかもしれないのです。これとは反対に報われない愛は不安と絶望感に結びつきながら、いつまでも冷めず、充足を追い求めることになる可能性があります。
 熱愛は相手との排他的な結合を激しく切望します。それが与えられないことによって、激しい興奮状態が持続し、求愛行動が維持されます。それは、辛い恋、苦しい恋です。
 恋は前頭葉と側頭葉の葛藤でもあります。前頭葉は冷静に相手の人となりを分析します。自分の自慢話ばかりをするのは、認めて欲しい好意が欲しいという欲求の現われだとしても、こちらの話を少しも聞かず、ほめてもくれないのは、相手の目に映る自分にしか興味が無いのだと分析します。
 表面的な解釈しかしない人だと思ったり、子どもの頃の家庭環境のせいにしたり、上から見下ろすような物言いに引っかかったり、挙句になんでもないようなところで、いきなりキレて、感情の雪崩れのように激昂し続けるのを見て、とても御しきれる人じゃない、と判断します。
 それでも、恋の高揚、フェニルエチルアミンに充たされた側頭葉は、この忠告を聞き入れません。相手との抱擁が、この世の至福、極上の快楽をもたらしくれるに違いないという期待を捨てられないのです。性的魅力の引力は、それほど強烈に、人を普段の冷静な姿とは違った状態へと誘導します。
  恋のホルモン、フェニルエチルアミンから解放されたとき、それでもなお、その相手といて寛げるか、激しく狂おしい情熱ではなく、一緒にいて、自分らしく振舞えるか、ネガティブな気分にならずにいられるかどうかが、長く付き合えるか否かの鍵といえるでしょう。
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