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自己愛人間

 身勝手な人が、誰かを蔑んだり、さんざん利用した挙句、都合が悪くなると冷たい態度を取ったりという態度を示したら、いつかあなたにもそうした態度を取ることでしょう。今は仲がいいからといって、特別だとは思わないように。その人は、誰かに対して誠実であることよりも、自分の都合を満たすことを選ぶと予測する方が確実です。

 自己愛の強い人は、心の中に絶対的に受け入れてくれる保護者像を、今も抱いています。養育者と、心理的な分離ができる以前に留まっています。何でも許し受け入れてくれる、欲するものは与えてくれる永遠の父母なる存在を基準に、他者にもそうあることを求めます。他者は、自分の欲求を叶えるために存在し、利用価値のない者は軽んじられます。
 相手の立ち位置、相手の事情などは、面と向かって語られても心に留まりません。共感の域に達しないのです。

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他の面では優秀で、教養もあり、人を惹きつける明るさや魅力に溢れていても、対人関係では、頼みごとがあるときだけデレデレ、それ以外はツンツンといった子供っぽさが目立ちます。そして、自他の境界線を一跨ぎで越えて、あなたの時間や能力を自分のために使おうとすることでしょう。他人を見ると、どんな風に利用できるかを考える、これが自己愛人間を見分ける手がかりです。
 もとより利用されたり、侮辱されたり、場合によってはスケープゴートにされたい人などいません。多くの人は、この人の表面的な魅力に、明かりに引き寄せられる虫のように集まってきます。人にも明るさを求める性質があるのです。
 目の前の現実に心が塞いでいるとき、明るい人が傍にいると、元気になれるような気がします。ですが、それはアルコールが入った時の陽気さにも似て、すぐに萎んでしまいます。自己愛過多のその人こそ、人生の暗い現実から目を背けているからに他なりません。
 その人が示す明るさは、どうにもならない現実を踏まえて立つ芯の強さではありません。誇大感や全能感といった幼児的な万能感で、防衛しているに他なりません。現実に背を向ける明るさなのです。深く考えることを否定した明るさなのです。

 人は、対人関係から学び、成長していくものです。だからといって、その人が変わってくれることを期待してはいけません。誰かに愛想をつかされて去っていかれても、すぐにまた他の誰かで補える人は、真の寂しさを知ることがありません。ですから、他者の存在をありがたいと感じることができないのです。 
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カテゴリ: 発達障害の周辺

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