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反社会性パーソナリティ-悪意を抱いた人

 「わたしの人生は不毛だった」失意の中で、そんなふうに感じることもあることでしょう。そんな時には、周りの人たちが幸福そうに見えるかもしれません。不運な人を見ると安堵する、そうした心境を覚えることもあるでしょう。
 だからと言って、自分の手で誰かの足を引っ張り、引きずりおろそうなどとはしないものです。多くの人は。
 悪意を抱いた人は、特定の誰かを執拗に攻撃します。ターゲットに選ばれるのは、反撃できない立場の人や反抗しない気弱な人が多いことでしょう。攻撃された人からすれば、攻撃されるような理由が見当たりません。仕事に落ち度があるわけでもなく、迷惑をかけているのでもありません。理由が解らず、戸惑うばかりです。

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しかも、陰湿な攻撃は、長期間に及びます。被害者が限界に達して、去っていくその日まで。ターゲットに逃げられれば、次の誰かがターゲットに選ばれます。そして、加害行為は繰り返されます。
 ストレスによる苛立ちから、誰かに八つ当たりしても、そうした自分の行為に対して、羞恥心や罪悪感を感じるならば、問題ありません。精神病質パーソナリティの人は、他人に不当な危害や損失を与えても、罪悪感や後悔に胸を痛めないのです。相手の心理的痛手で、自身の不毛な大地に水を注いでいるようなところがあります。上辺だけを見て恵まれすぎていると判断した相手に、自らが与えた危害で、不毛な過去が癒されるのです。被害者は、不運にも嫉妬心や復讐心を向けられてしまったといえます。
 そうした人にも、家族はいます。家庭の中で、必ずしもDV加害者であるとは限りません。依存対象である家族を大事にしている人も多いのです。また、パートナーも献身的に、この不充分な伴侶を支えています。そうして支えられるほどに、夫として父として、充分に務めを果たせない自分に劣等感を抱いている場合も多いのです。
 こうした場合、家庭では温厚に、職場ではパワハラ加害者になりがちです。職場で温厚なDV加害者とは逆パターンです。
 基本的に、人に対する信頼が乏しいのですが、パートナーや家族など、一部の人たちと信頼関係を築けても、この傾向は変わりません。そのため、他者に対する残酷さや、相手の苦痛に対する共感性の乏しさは、改善されることがありません。
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