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自己犠牲を強いる人

 「人のために尽くしましょう」「与える生き方をしましょう」などと、よく耳にします。確かに、人のために奉仕し、相手の役に立てたと知るのは、自己有能感を高め、気分のいいものでしょう。ただし、それが、自分の余裕の範囲内に留まるのであれば。たとえ、良いことであっても、過ぎるのはよくありません。
 自分の事を二の次にして、誰かの世話を焼いてばかりいると、自分の生活に余裕がなくなってきます。ほどほどにして、自分の時間をたいせつにすることの方が大事でしょう。相手の世話を焼き続けたからと言って、その人が、こちらが大変な時に面倒を見てくれるわけでもありません。
「人のために尽くしましょう」「与える生き方をしましょう」などと、響きのいいことばを並べ立てて、つまり、自分の役に立ってくれと要求する人には要注意です。たんに利用しようとしている可能性が大きいでしょう。
 いつも相手の仕事を手伝っていても、あなたが忙しいとき、少しでも手伝ってくれたでしょうか?病気になった時、心配してくれたでしょうか? 心配は心配でも、自分の仕事が忙しくなる、人手が足りないという心配ばかりだったのではないでしょうか。
 自己中心的な人は、自分の利益のたに、他人を平気で利用します。相手が自分に貢いだり、尽くしたりするのは当然だと考えている節があります。
 「家族は助け合うのが当然」「与える喜びを知ってください」などと、相手に罪悪感を抱かせて、自分に尽くすよう誘導します。

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わたしは友人やパートナーの役にたっていると、その事自体に満足を感じようとしても、相手が求めてくるばかりで、感謝も関心も無い態度を取られ続けると、無制限の愛は怒りや恨みにすり変わっていきかねません。
 無償の愛などと言われますが、それは単発的な行為に当てはまる言葉でしょう。無期限に、持続可能ではありません。
 人間関係は、双方が相手に関心を持つこと、感謝する心を持っていることで持続します。当たり前のものなど、何一つないのです。
 ところが、付き合いが長くなるにつれ、相手に対する関心は薄れ、要求するにも遠慮がなくなり、そうした傾向は誰しもあるといえるかもしれません。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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