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心理操作する人

 「ここだけの話だけど...」「誰にも話していないことだけど...」「あなただけに話すけれど..」などということばを真に受けて、信頼されているのだと思っていると、すでに多くの人が聞いていた、というような経験はありませんか。その人は、他者の心にフィットするツボを心得ていると言えそうです。
 しかも、ここだけの話で、悪口を言っていた相手に、親しげに接していきます。社交辞令的な付き合いなら、大人の分別といえそうですが、その相手を便利に使うために、自分の方から近付いているではありませんか。陰では散々貶しながら、相手の前では一オクターブ高い声で、お世辞を振りまいて。
 予定通りに取りいることができなかったり、クレームに遭遇すれば、涙を流して苦境を訴え、相手の怒りを煙に撒こうとします。涙を浮かべ、悪かったと謝り、そして、のど元過ぎれば、元の木阿弥です。その態度は、一向に改まりません。
 この人が、薄っぺらなお世辞ではなく、本心から人を褒めるのを、あまり耳にすることはないでしょう。にもかかわらず、なぜか人気者だったりします。ですが、集まってくる人も多く、去っていく人もまた多く、人間関係は不安定でしょう。

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このように、相手をコントロールして支配したがる人は少なくありません。ですが、支配されてうれしい人など、どこにもいません。悲しくなったり、怒りを感じる人がほとんどではないでしょうか。
それでも、仕方なくそれに従い続ければ、心の中に、相手への怒りや憎しみが蓄積されていきます。その人をもう、親しい人とはみなせません。コントロールをしようとすると、相手との間に感情的なしこりできてしまいます。そして、結果的に、その人とは物理的な距離も生じてくることでしょう。
 心理操作する人は、周囲の人の「yes」に、なんとなく表裏を感じています。すると、あの人は裏があるから気を付けなければ、と、さらに強い態度に出てしまいます。そして、ますます相手からの心理的な拒絶を招いてしまうのです。
 意のままにならない相手を従えようとして、次第に声は大きくなり、褒めたり脅したり、ハラッサーのキャラクターができあがっていきます。相手がしぶしぶ動いてくれたとしても、自主的なやってくれない、言わなきゃわからない、と不満がいっぱいです。第三者に愚痴もこぼしたくなります。やってもらっても不満で、「もっと」と要求し、それが感謝に値することだなどとは、夢にも思いません。 もちろん、従う相手が、犠牲ばかりでうんさざりし、遠ざかりたいと考えていることなど、夢想だにしません。別れを切り出されれば、裏切られたような心境になります。従順に従ってくれているいる、だから「この人は、どんなことでも言う事を聞く人だ」と安堵しているのです。
 自分の用事を誰かが肩代わりしてくれれば、その分自分は楽になります。ですから、誰にでも少なからず他者をコントロールしてしまう可能性はあるのです。
 相手を便利に使って、思い通りの結果が得られなかったら、相手に腹を立てる。相手が、そうした態度を許せば、慣れてしまい、相手のコストが見えなくなってしまいます。
 与えられすぎてしまうと、その相手を愛せなくなってしまうのかもしれません。愛のないところに、支配がはびこります。
 慣れてはいけません。人は、自分の道具ではないのです。慢心していると、青天の霹靂のように、破局がやってきます。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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