Sponsored Link

未熟な自我

 一生懸命頑張ったにもかかわらず、とんでもない結果に終わってしまった!こんな時、どのような心境になるでしょうか? たとえば、大きな荷物を踏ん張って運んでいたら、足元の小石に躓いて思いっきり転び、荷物を台無しにしてしまったような時です。
 自分の不注意や非力さを責めて、落ち込む。あるいは、この石が悪いと、石に腹を立てる。誰だ、こんなところに石を置いた奴は!!
 前者は自己責任を受け入れますが、後者は責任転嫁型です。転んだ子供は、この石が悪いと言って泣きわめきます。自我がまだ未熟な状態なのです。
 成人後も、こうした未熟な自我状態に留まっていることが、統合失調症や人格障害の中核にあります。統合失調症の病前性格として、「内気で控えめ、敏感で繊細、真面目で素直」などが挙げられていますが、それはあくまでも上辺の印象にすぎません。

Sponsored Link



真面目で素直であっても、自分の責任を引き受ける、他者の過ちに寛大、などの自我の成熟のあるところには、統合失調症も人格障害も近づきません。現実から逃避しない芯の強さがそこにはあるからです。
 ともすれば、攻撃性だけが強さと認識されがちですが、真の強さは自らに不都合な真実から目をそらさず、受け入れ対処していこうとする姿勢です。病的、あるいは障害と位置づけられる人の場合には、まず、これがありません。
 誰しも、責任を問われるような場面は辛いものです。だからといって、自分の非や過ちを、自分の中でなかった事にしてしまうと、責任を求めてくる人が敵対者と映ります。罪なくして、あるいは過剰に責められていると感じるのです。迫害される悲劇の主人公です。
 どのような些細なミス、一言謝れば済むような事がらにも、殺気立っていきり立つような場合は、かなり重篤といえるでしょう。近親者は、常に心理的な被害を被っていることでしょう。身体的な暴力に及ばないとも限りません。
 自分の後始末ができない状況ですから、常に他者への強い依存心があります。ところが、幼い子供のようにケアされることがないと、自らの依存に充分応えてくれない相手を、冷たいと恨むことになります。
スポンサーサイト
テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 発達障害の周辺

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する