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支配と軽蔑

 自己愛的な人は、絶えず誰かを軽蔑しています。そうでなければ、自分の有能感が保てないかのように。
 その軽蔑は、自分よりも明らかに能力や経験が下と思われる対象に向かいます。相手の人間性や、時には相手の家族や友人までが軽蔑の対象となります。
 軽蔑は皮肉な冗談の形を取ることもあります。軽蔑するほどそりの合わない相手ならば、付き合わなければよいのですが、モラハラ加害者は自分からそうした相手にも近づきます。友好関係ではなく、便利に利用し、支配するために。
 軽蔑は、その手段となりえます。相手が、居心地の悪さから、自ら進んで自分を矯正してくれる場合も、少なからずあるからです。
 一つ一つはとるに足らない小さな嫌がらせでも、積み重ねられる事によって、被害者は次第に、心身の具合が悪くなっていきます。そして、小さいが故に、周囲も、当事者も、その痛手を見逃してしまうことが少なくありません。

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自己愛的な人は、自分のほうが優位に立つために、他者の言動、生き方に対して、批判的な態度を示します。第三者の前で、その人の話題を、嘲弄するように話したりします。
 自己愛的な人と付き合いが浅い場合、噂の人物が、困った人だと真に受けることもあるでしょう。ですが、付き合いが長くなるにつれ、いつも周囲の人々を軽蔑しながらも、都合よく思い通りに動かそうとするその態度に、辟易としてくることでしょう。自分のことも、陰ではこのように軽蔑され、非難されていそうだと感づき始めます。
 自己愛的な人が支配しようとしている対象は、当初、自分の態度を改めることによって、なんとか相手に気に入られ、軽蔑の対象から免れようと試みます。ですが、要求を受け入れれば受け入れるほど、要求が増えていくことに、疲れ始めます。そして、相手の思い通りに振舞えば振舞うほど、尊重ではなく、軽蔑の対象となることに気付きます。そして、抵抗を始めます。
 これまでは利用価値のある物にすぎなかった相手が、突然、異なる意見を口にする時....。自己愛的な人は、裏切られたような錯覚に陥ります。相手を裁いて、自分の支配下に連れ戻そうとしますが、そうできない場合、自己愛憤怒に陥ります。
 対象になった人からすれば、散々振り回され、利用された挙句、お返しもお礼もなく、怒りや憎しみの対象になるのではたまったものではありません。
 反旗を翻さず、非も指摘せず、ただ静かに、もう利用価値がない、と思ってもらえるよう振舞うことが賢明なのかもしれません。
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