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言いたいことを言うために

 できることなら、人間関係に波風を立てたくないものです。そう思うと、小さな不満や怒りをぐっと堪えて、気にしない態度を示してしまいます。
 なぜ、言いたいことを言えないのだろうと、悶々として苦しんでいる人もいるかもしれません。性格だから仕方ないと、諦めている人もいるかもしれません。
 とはいえ、外の対人関係で我慢の多い人も、家族や親しい友人たちの間では、我がままに振舞えるものです。そうした態度を取ったところで、相手は去ってしまわないと解っているから。
 我慢している関係性には、恐れがあるのです。どんな反応が返ってくるか解らないという不安、その先には、失うことへの恐れがあります。相手を、そして、今身を置いている場所を、失いたくはないのです。
 頼まれごとにノーを言うこと、相手と相反する自分の意見を口にすること、喪失を恐れて封印しているこれらの自己開示の代わりに、わたしたちは偽りの自己を開示する言動を取りがちです。相手の言葉に相槌を打ったり、同感を示す言葉を口にしたり、あいまいな返事でごまかそうとしたり。

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それで相手が仲間意識を持ってくれると、苦しい努力が報われたことになります。成功した方法は強化されますから、こうした八方美人な戦略は習い性となり、やがて自分を演出することに疲れ切ってしまいます。
 上辺だけの関係性で過ぎていくか、親しい関係性にまで発展するか、大きな山場はこの辺りにあるのでしょう。ある程度自分の本音を出せて、許容されなければ、人間関係の維持は難しいのです。
 笑顔で我慢を続けていると、相手には受容とみなされて本意が伝わらず、いつかその関係性に腹を立て始めます。なぜ、解ってくれないのだろうと訝りますが、こちら側もまた、相手が表面上に現れたサインしか読み取っていないことを解っていないのです。
 こんなにも我慢を強いられる関係なら、無い方がましだと決別を決めて、やっと我慢強い人も言いたいことが言えるようになるかもしれません。それでもまだ、「飛ぶ鳥 跡を濁さず」とばかりに、きれいごとだけを口にして去っていこうとする人もいます。残った人たちの間で、悪く言われたくないという理由で。
 自己評価を口さがない人々の手にゆだねると、自己の発露がありません。「あの人はなぜ、あんなに勝手なことばかり言っているんだろう。嫌われるのに...」と、あなたの目に映る人は、おそらく嫌われることなど恐れていません。全ての人に受け入られたい、仲間として認識されたいという意識を抱いていないのでしょう。
 こちらが、やっとの思いで本音を口にすると、激怒して絶交宣言する人も、中にはいることでしょう。悲しいことですが、どう対応するかは相手の領域です。その人に対して、これまで良心的に接してきた、善意を示してきたと思えるなら、それでよしとしましょう。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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