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無理のある関係

 いつも、相手を優先したり、周りに合わせて自分を抑えてばかりいると、次第に心に疲れが溜まっていきます。協調性や、相手を受け入れる姿勢は、人間関係においてとても大切なことですが、限度があるのです。他人の価値観に、異議を唱えず、いいね!と言いつづけていては、ホントのことを言わせて!!と、心が絶叫しそうになることでしょう。
 新しく入った集団に早く溶け込みたい、始まったばかりの恋を成就させたい、そうした願望から、わたしたちは時に自分自身を封印してしまいます。辛くて泣きたいときにも、笑顔でやりたくもない仕事をし、聞きたくもない話に拍手を送り、これでは、疲れ果ててダウンしてしまうのも無理はありません。こんな人生なら、いらない!と、心が叫んでいまうほどに。

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周囲に迎合して、仲間として受け入れてもらう生き方を、多くの人は、成長期に学習していることでしょう。共感や同調を示すことによって、速やかに仲間入りできるという成功体験を重ねると、それが習い性になっていきます。人間関係を構築するための、良い戦略だと学習するのです。
 実際、たまに会うだけの関係や表面的な付き合いの場合、これでうまくいくことが多いものです。ですが、付き合う頻度が深まるにつれ、いつまでも他人行儀ではいられません。
 当初、趣味の話をすると興味津々で聞いてくれた相手が、次第に関心を示さなくなってくる、というよりもむしろ、最初から興味がなかったのだと気付く経験は、誰しもあることでしょう。と同時に、少しずつお互いに我がままになっていきます。ゆずったり、主張したりしながら、双方が折り合える地点を模索していくのです。
 そうならない場合、いつまでもこちらが一方的にゆずったり我慢したり、相手がどんどん自分勝手になっていくばかりというような場合は、相性の悪さがありそうです。上下関係を強いる相手に我慢で対処しようとする時、苦しみが生まれます。なぜ、そうまでして?と、第三者は感じることでしょう。そこには一人になる不安と恐怖が、あるのかもしれません。仲間はずれにされること、居心地が悪くなること、それを恐れて譲ってしまうのです。自分自身は不快ですが、少なくとも波風は立ちません。
 独りでいることを恐れなければ、無理して不愉快な関係に甘んじることもありません。ところが、誰とでもうまく付き合えないのは、自分の性格に何か難があるからではないかと、疑ったりする人もいます。友人が多く、出かける場所が多い人の方が、人格として優れている、何かこうした思い込みがあるのかもしれません。
 独りでいることの孤独から、人はつい、身近なグループに属してしまいがちになります。Kさんグループとは価値観も違って合わせるのが辛いと悩みながらも、そこが唯一の世界だと、離れるのが難しいものです。
 ところが、無理して付き合い続けているにもかかわらず、周囲の人たちからはKさんグループと付き合っているのだから、あの人も同類と思われかねません。それは、不本意なことではないでしょうか。
アヒルの群れの中にいる白鳥は、白鳥らしく振舞えず、苦しい思いをします。しかも、周りのアヒルたちからは、アヒルらしくないアヒルとしてしか評価されません。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 共依存

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