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なぜノーが言えないのか

 なぜ、人は、ちょっとした頼まれごとに、きっぱりとノーを言えないのでしょうか。誰に対してもノーを言えない人などいません。家族や親しい友人など、ノーを言っても嫌われない相手に対して、わたしたちは正直です。
 すると、ノーを言えない対象は、まだ相手が何ものなのか把握していない状態と言えそうです。様子眺めで、社交辞令的に対応している、それがノーを言えない状態です。
 そういう状態では、相手もまた、様子眺めです。こちらの返事の裏に隠された真意を推し量っています。ですから、こちらがきっぱりノーを言わずとも、無理強いはしてきません。
 ところが、中には、そうしたやんわりとした態度につけ込んで、どんどん無理難題を押し付けてくる人もいます。わたしたちは、こうした人たちに悩まされることとなります。いつの間にかターゲットにされ、時間やお金を失い、心身ともにボロボロになるかもしれません。
 今、あなたに対しては丁重に接していても、後輩や友人たちを軽蔑しながら顎で使っているような人は、いずれあなたにも同じ扱いをするでしょう。目上と思う人は無条件で尊重したり、年下の相手を軽んじる人は、人を見かけだけで判断し、自分をより大きく見せようとするばかりで、およそ生命の本質が解っていません。自分や自分の家族以外の命を、労わる心もありません。
 そうした人たちは、表面上は人当たりが良く、魅力的に見えるものです。その魅力に惹かれて近づき、上っ面だけの人だと気付くころには、しもべ扱いされているかもしれません。その人のホメ言葉や気遣いの言葉に、わけもなく不快感を覚えるようでしたら、その相手はあなたを操作しようとしているかもしれません。

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なぜノーが言えないのか、と自分を責めないでください。そもそも、他の人たちならばノーを言うまでもない事態が起きているのです。ですから、ここでノーを言わなくては、と判断する習慣がないのです。普段通りに振舞っていると、飲み込まれてしまっていた、ということなのでしょう。
 自分だけが得をする生き方をしている人は、平気で他人を顎で使って矢継ぎ早に命令したり、色々な要求を出してきます。こちらが了解する前に、すでに決定したものとして周囲に通知してしまうようなこともあるかもしれません。
 あなたは、その人に、人として尊重されていると感じるでしょうか?その人は、自分以外の誰も、いえ、自分自身すら尊重していないのかもしれません。
 その人との関係を、自分にとって相応しいものだと感じているでしょうか?使用人のように扱われて、うれしい人など、誰一人いません。
 その人たちは、自分ひとりでは自分の要望を満たすことができないので、他人に無理を強いているのです。毎日毎日、相手の要望に応え続けたからといって、相手からは何一つお礼もないうえに、こちらが困った時に手を貸してくれるわけでもありません。
 その人たちは、見込み違いをしているといえます。相手がノーと言わない理由を、弱さだとみなして、支配下に置けると勘違いしているのです。ですが、多くの場合、ノーを言わない理由は、その程度の関わりなのです。
 もちろん、ノーを言わないままに、親しくなり、何十年もの親交を温められる相手もいます。そうした関係性では、互いに無意識のうちに緊張感を持って配慮し合っていることでしょう。
 配慮のない相手に、まだ配慮しようと気遣っている、苦しいのはこうした状態の時なのでしょう。その人が自分を扱うように、自分もまたその人を扱っていいのだということが解ってくると、楽になります。
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テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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